3期目の6月、みずほ食品の当座預金はこれまでにない忙しさになっていた。 第2工場の増設が動き出して支払いの口数が増え、得意先が増えて入金の本数も増えた。 社長は「通帳を見れば分かるだろう」と言うが、当座預金に通帳はない。 月に一度、大垣中央銀行から届く当座勘定照合表と残高証明書が、外から見た唯一の記録になる。
その6月末、七海が突き合わせをすると、自社の帳簿は1,842,000円、銀行は1,909,000円だった。 67,000円合わない。3級のときなら、現金過不足でいったん差を受け止め、 原因が分からなければ雑損・雑益に落とす、という逃げ道があった。 当座預金では、その逃げ道を使ってはいけない。理由はこの章の前半で扱う。
後半は債権の話になる。手形の受け取りが増え、満期を待たずに現金に換える場面が出てきた。 さらに、2期目から取引を始めた小さな得意先が破産手続開始の申立てをした。 3級では債権の合計に一律2%を掛けて貸倒引当金を積んでいたが、 破産を申し立てた相手への債権に2%を掛けて済ませるわけにはいかない。
この章の柱は2本。帳簿の残高は事実と合っているかと、その債権はいくらで回収できるのか。 どちらも「計算が合っているか」ではなく「その数字が何を指しているか」を問う論点で、 2級はここから、金額の正しさではなく金額の意味を問う試験に変わっていく。
中世のヨーロッパでは、教会が利息を取ることを厳しく禁じていた。 金を貸して増やして返させるのは、時間そのものを売る行為であり、 時間は神のものだから人が売ってはならない、という理屈だった。
ところが商売には金が要る。 そこで発達したのが、遠く離れた都市の間で使う為替手形だったと言われている。 たとえばフィレンツェの商人がジェノヴァの商人に金を渡し、 「3か月後にロンドンでポンドで返す」という手形を受け取る。 返ってくる金額は渡した金額より多いが、名目は利息ではなく両替の手数料と為替相場の差になる。 利息禁止をかいくぐるための工夫だった、という説が有力とされている。
手形が満期前に人から人へ渡って回るようになると、 満期まで待てない持ち主から額面より安く買い取る商売が生まれた。これが割引の始まりになる。 このときも、取っていたのは名目上「利息」ではなく、 額面と買値の差だった。
割引料が支払利息ではなく手形売却損という名前で帳簿に載るのは、 制度がこの「値段の差として受け取る」形の上に積み上がってきたからだと考えると、 名前の据わりの悪さが少し腑に落ちる。
当座預金は、他の預金と違って利息がほとんど付かない。 これは銀行が意地悪をしているのではなく、預金者に決済の手段を提供している口座だからだ。 小切手を振り出せば、銀行は相手が持ち込んだ日に確認して支払い、記録を残す。 その事務を銀行が負担する代わりに、預けた金は運用に回さず、いつでも払えるようにしておく。 利息が付かないのは、その裏返しになる。
通帳が無いのも同じ事情から来ている。 当座預金は、みずほ食品が振り出した小切手が、いつ誰の手を経て銀行に持ち込まれるか分からない。 振り出した瞬間に通帳へ記帳することは、そもそもできない。 だから銀行は、月に一度まとめて当座勘定照合表を送る形をとる。
つまり、当座預金の帳簿が銀行とずれるのは事故ではなく、この口座の作りそのものから来ている。 毎月ずれるのが分かっているから、毎月それを説明する紙を作る。 銀行勘定調整表が決算のときだけの特別な作業ではなく、 月次の当たり前の手続きとして根付いているのは、そういう理由になる。
6月30日の夕方、七海は大垣中央銀行から取り寄せた当座勘定照合表を机に広げ、 自社の当座預金勘定と1行ずつ照らしていた。合わない。67,000円足りない。 社長は横から覗いて「銀行が間違えてるんじゃないのか」と言ったが、七海はそうは思わなかった。 銀行の記録は、入金も出金も相手が実在する取引で、しかも二重三重に検証されている。 かといって、自分の帳簿の書き方が間違っているとも思えない。1件ずつ見直しても、おかしな仕訳は出てこなかった。
【必然】 実は「どちらが正しいか」という問いの立て方そのものが間違っている。
当座預金というのは、同じ1つの事実を、2つの帳簿が別々のタイミングで記録している状態にある。
みずほ食品は、西美濃製粉への支払いのために小切手を振り出した日に当座預金を減らす。
銀行は、その小切手が窓口に持ち込まれた日に口座から減らす。
振り出した日と持ち込まれた日は、普通は一致しない。
同じ取引を違う日付で書いている以上、ある一日で線を引いて残高を比べれば、ずれるほうが当たり前だ。
だから、ずれの原因を並べて、1つずつ「これはどちらの帳簿が事実に追いついていないのか」を判定する。 原因は大きく2種類しかない。時間のズレ(放っておいても数日で銀行の帳簿が追いつく)と、 事実の取りこぼし(企業が知らなかった、または書き間違えた)。 前者は企業が何もしなくてよく、後者は企業が直さなければ永久に直らない。 この仕分けをするための紙が銀行勘定調整表になる。
【要請】 そもそも、なぜ月末や決算日にわざわざこの作業をするのか。
貸借対照表に「当座預金 ○○円」と書くとき、その金額は
その日にみずほ食品が自由に使える預金を指していなければならない。
帳簿残高1,842,000円をそのまま載せると、すでに入金されている売掛金の回収分が抜けたままになる。
銀行残高1,909,000円をそのまま載せると、すでに相手に渡した小切手150,000円分が、
まだ手元にある金として残ってしまう。どちらもその日の事実と違う。
正しい残高は、両方から調整して初めて出てくる。
覚え方の取っ掛かりは「時計が2つある」。 どちらの時計も壊れてはいないが、片方は少し進み、片方は少し遅れている。 やることは時計を壊すことではなく、正しい時刻がどこかを割り出して、遅れているほうだけ合わせることだ。
3級の現金過不足は、金庫の中の現金と帳簿が合わないときの処理だった。 実際に数えた現金が正しいものとして帳簿を合わせ、原因が最後まで分からなければ雑損・雑益に落とす。 この処理が許されるのは、現金には相手方の記録が存在しないからだ。 釣銭を10円多く渡してしまった、レジ袋代を入れ忘れた、といったものは、追いかける手がかりがそもそもない。
当座預金は事情がまるで違う。相手(銀行)が同じ取引を全部記録している。 だから「原因が分からない」という状態は、本来は起こらない。 それでも差が消えないなら、可能性は2つに絞られる。拾い漏れがあるか、誰かが金を抜いているかだ。 当座預金の差額を雑損で消してよいことにすると、後者を消す手段を会社が自分で用意することになる。
で、幹の話に戻ると、銀行勘定調整表は「差を消すための紙」ではなく、 差の中身を1件ずつ名前で説明するための紙だ。だから雑損益は最後まで登場しない。
七海が拾い出した未達項目は5件だった。金額と、それぞれの事情を並べる。
| # | 項目 | 金額 | 何が起きていたか |
|---|---|---|---|
| ア | 時間外預入 | 80,000 | 6/30の夕方、売上代金を夜間金庫へ入れた。銀行の入金処理は7/1付 |
| イ | 未取立小切手 | 120,000 | 大垣屋商店から受け取った小切手を銀行に取立依頼したが、まだ取り立てられていない |
| ウ | 未取付小切手 | 150,000 | 西美濃製粉への買掛金支払いで振り出した小切手が、まだ銀行に持ち込まれていない |
| エ | 連絡未通知 | 90,000 | 大垣屋商店が売掛金を当座に振り込んでいたが、みずほ食品に連絡が来ていなかった |
| オ | 誤記入 | 27,000 | 買掛金支払いで振り出した47,000円の小切手を、74,000円と記帳していた |
ア・イ・ウは銀行がまだ書いていないもの、エ・オはみずほ食品が書けていないものになる。 それぞれを、書いていない側の残高に足し引きしていく。
銀行側(残高証明書 1,909,000円から)
| 調整 | 金額 | 向き |
|---|---|---|
| ア 時間外預入 | +80,000 | 銀行はまだ入金にしていないので足す |
| イ 未取立小切手 | +120,000 | 銀行はまだ入金にしていないので足す |
| ウ 未取付小切手 | −150,000 | 銀行はまだ出金にしていないので引く |
| 調整後 | 1,959,000 |
企業側(帳簿残高 1,842,000円から)
| 調整 | 金額 | 向き |
|---|---|---|
| エ 連絡未通知 | +90,000 | 入金の事実を書いていないので足す |
| オ 誤記入 | +27,000 | 27,000円多く減らしていたので戻す |
| 調整後 | 1,959,000 |
両方が1,959,000円で一致した。これが6月30日にみずほ食品が本当に持っている当座預金で、 貸借対照表に載るのはこの金額になる。一致したこと自体が検算でもあり、 合わないなら拾い漏れか金額違いがある。
オの誤記入だけ丁寧に見ておく。実際に振り出したのは47,000円の小切手なのに、 帳簿には次のように書いてしまっていた。
誤 (借) 買 掛 金 74,000 (貸) 当座預金 74,000
正 (借) 買 掛 金 47,000 (貸) 当座預金 47,000
当座預金を27,000円だけ多く減らし、買掛金も27,000円だけ多く減らしている。 だから修正は、当座預金を27,000円戻し、買掛金を27,000円元に戻すの1本で足りる。 借方に当座預金が来るのは、減らしすぎた資産を戻しているからだ。
bank reconciliation statement。reconcile はラテン語 reconciliare(再び結び付ける)が語源で、
仲違いした二者を和解させるという意味を今も持っている。2つの帳簿を仲直りさせる表、と読める。当座預金の「当座」は、もともと「さしあたり・当面」を意味する日本語で、 いま動かしているお金という語感がある。利息はほとんど付かず、その代わり小切手で支払える。 貯めるための口座ではなく、支払いのための口座だという性格が名前に残っている、という説明が一般的だ。
銀行勘定調整表には、実は3つの書き方がある。 1つ目が本文で使った両者区分調整法で、企業側・銀行側の両方から調整して、正しい残高で一致させる。 2つ目が企業残高基準法で、帳簿残高を出発点にして銀行の残高証明書の金額を導く。 3つ目が銀行残高基準法で、その逆をやる。数字の意味は同じで、どこを終点に置くかだけが違う。
試験で軸になるのは両者区分調整法で、理由は単純に、その表に正しい残高が明示されるからだ。 企業残高基準法では、貸借対照表に載せる金額がどこにも出てこない。
で、幹の話に戻ると、どの様式で書いても企業側の修正仕訳は同じ2本になる。 様式は表の見せ方の違いであって、直すべき帳簿がどれかは変わらない。
みずほ食品の6月末で1回通してから、一般化する。
一般化すると、調整の向きは1つの原則で決まる。 その項目をまだ書いていない側に、書いたらどうなるかを足し引きする。 入金を書いていない側では足し、出金を書いていない側では引く。 向きを暗記する必要はなく、書いていない側で仕訳を1本立てるつもりで符号を決めると間違えない。
試験でよく出るもう1つの形は、正しい残高と調整項目を与えて、 銀行の残高証明書の金額を逆算させる問題になる。 1,959,000 − 80,000 − 120,000 + 150,000 = 1,909,000円と、上の3を逆にたどればいい。
6/30 連絡未通知(大垣屋商店からの振込を知らなかった)
(借) 当 座 預 金 90,000 (貸) 売 掛 金 90,000
6/30 誤記入(47,000円の小切手を74,000円と記帳していた)
(借) 当 座 預 金 27,000 (貸) 買 掛 金 27,000
6/30 時間外預入・未取立小切手・未取付小切手
仕訳なし
対抗案1:差額67,000円を現金過不足(雑損)で消して、銀行の残高に帳簿を合わせる
3級の現金と同じ発想で、いちばん手数が少ない。 帳簿残高1,842,000円を銀行の1,909,000円に合わせ、差額67,000円を雑益にする、という処理だ。 これをやると、まず貸借対照表の当座預金が1,909,000円になる。正しい金額は1,959,000円なので、50,000円足りない。 それだけではない。大垣屋商店から回収済みの売掛金90,000円が、帳簿に残ったままになる。 翌月、七海は大垣屋商店に90,000円の請求書を送り、先方から「もう払っています」と言われる。 誤記入で減らしすぎた買掛金27,000円も直らないので、西美濃製粉への支払いが27,000円不足する。 差額を1本の雑益で消すと、中身の違う5件がまとめて損益計算書の1行に化ける。
対抗案2:企業側の修正仕訳だけ入れて、調整表は作らない
エとオは修正した。帳簿は1,959,000円になった。もう合っているのだから表は要らない、と考えたくなる。 壊れるのは検算だ。銀行の残高証明書は1,909,000円のままで、帳簿の1,959,000円とは50,000円違う。 この50,000円が「ア+イ−ウ=80,000+120,000−150,000」の結果であることを示す紙が無いと、 その50,000円が未達項目なのか、抜き取られた金なのかを区別できない。 経理担当者が150,000円の小切手を自分宛に振り出して現金化し、帳簿では仕入先への支払いと書いていたとする。 調整表があれば「未取付小切手150,000円」として相手先ごとに並び、翌月になっても取り付けられないことで 異常が浮かぶ。無ければ、残高だけは合っているので何も起きない。
Q. 銀行側にもずれがあるのに、なぜ企業側だけ修正仕訳を切るのか。銀行に直してもらわなくてよいのか。 A. 銀行側の3件は、銀行が間違えているわけではなく、まだその日が来ていないだけだ。 時間外預入は翌営業日に入金処理され、未取立小切手は数日で取り立てられ、 未取付小切手は相手が持ち込んだ日に引き落とされる。放っておいても銀行の帳簿は事実に追いつく。 一方、連絡未通知と誤記入は、みずほ食品が書かないかぎり永久に直らない。 修正仕訳を切る基準は「どちらが悪いか」ではなく、放っておいて直るかどうかになる。
Q. 未取付小切手と未渡小切手は、どちらも「相手が銀行に持ち込んでいない」状態に見える。どこが違うのか。 A. 小切手が相手の手に渡っているかどうかで分かれる。 未取付は、相手に渡してあり、相手がまだ銀行に持ち込んでいないだけ。 支払う義務はすでに小切手の形で果たしているので、企業側は仕訳なしになる。 未渡は、小切手を作って帳簿では当座預金を減らしたのに、まだ金庫にある状態を指す。 支払いが済んでいないのだから、当座預金を戻して債務を復活させなければならない。
Q. 調整の結果、当座預金が貸方残高になっていたらどう扱うのか。 A. 当座預金がマイナスということは、銀行に立て替えてもらっている状態で、 3級で扱った当座借越になる(boki3-ch03-s02)。 決算では資産のマイナスとして放置せず、当座借越または短期借入金として負債に振り替える。 銀行勘定調整表は「正しい残高はいくらか」を出す作業なので、 その残高が借方か貸方かは、表を作り終えてから判断する別の話になる。
flowchart TD
A[帳簿残高と銀行残高が合わない] --> B{原因はどちらの帳簿か}
B -- 銀行がまだ書いていない --> C[時間外預入<br/>未取立小切手<br/>未取付小切手]
B -- 自社が書けていない --> D[連絡未通知<br/>誤記入<br/>未渡小切手]
C --> E[仕訳なし<br/>銀行残高を調整]
D --> F[修正仕訳あり<br/>帳簿残高を調整]
E --> G[正しい当座預金残高]
F --> G
G --> H[貸借対照表の流動資産<br/>boki2-ch01-s02]
G --> I[貸方残高なら当座借越へ<br/>boki3-ch03-s02]
J[3級の現金過不足<br/>boki3-ch03-s01] -.相手の記録が無い場合.-> A
9月の資金繰り表を前に、七海の手が止まった。 第2工場の基礎工事の代金を月末に払うのに、当座預金が500,000円ほど足りない。 金庫には大垣屋商店から受け取った約束手形が入っているが、満期は12月末で、あと3か月ある。 社長は「銀行に持っていけば買ってくれる」と言った。実際そのとおりで、手形は満期前でも現金に換えられる。 ただし、額面どおりの金額は返ってこない。
【必然】 満期まで3か月ある手形を、いま額面と同じ金額で現金にできるはずがない。
銀行の側から見れば、みずほ食品に3か月早く金を渡し、その金を3か月後に手形で回収する。
これは実質的に3か月の貸付で、貸した期間の利息を取らなければ商売にならない。
だから銀行は、額面から3か月分の利息を先に差し引いた金額を渡す。この差額が必ずどこかに費用として出てくる。
手形を動かす道はもう1つある。西美濃製粉への買掛金の支払いに、 受け取った手形をそのまま渡してしまう方法だ。これを裏書譲渡という。 こちらは満期まで待つのが自社から西美濃製粉に代わるだけなので、利息の差し引きは起きない。 同じ「手形を人に渡す」でも、現金化を頼んだのか、支払いに充てたのかで、 帳簿に費用が出るかどうかが分かれる。
そして年が明け、この章のもう1つの柱が現れる。 2期目から取引していた関ケ原製麺所が破産手続開始の申立てをし、 2級で取引を始めたマルヤマ食品からは「支払いを半年待ってほしい」という申し出が来た。
【要請】 3級では、期末の売掛金と受取手形の合計に一律2%を掛けて貸倒引当金を積んだ
(boki3-ch08-s01)。過去の貸倒実績から出した率を全体に掛ける方法で、
相手の顔ぶれが普通である限りはよく当たる。
しかし、破産を申し立てた相手への400,000円に2%を掛けて8,000円と見積もるのは、
回収できないと分かっている債権を、回収できる前提で報告することになる。
貸倒引当金は「翌期にいくら回収できないか」を今のうちに知らせるための見積りなので、
相手の状態が分かっているならそれを使わなければ、見積りとして意味を持たない。
だから2級では、債権を一般債権・貸倒懸念債権・破産更生債権等の3つに分けてから見積もる。
覚え方の取っ掛かりは、読み手の本業と同じ言い方で「正常先・要注意先・破綻先」。 銀行が融資先を区分するときの考え方と発想がそろっていて、 区分が下がるほど、率ではなく個別に金額を見るようになる、という点も同じになる。
手形を他人に渡すとき、渡す側は手形の裏面に署名して相手の名前を書く。
だから裏書という。英語では endorsement で、これは中世ラテン語の indorsare、
さらに分解すると in(〜の上に)+ dorsum(背中)に遡る。
背中の上に書くという意味がそのまま名前になっていて、日本語も英語も、
やっていることを字面のまま呼んでいる珍しい例になる。
裏に書くのは飾りではない。裏書には、 「この手形の権利を次の人に渡す」ことと「もし振出人が払わなければ自分が払う」ことの、 2つの意味がある。裏書が何人も連なった手形は、その人数だけ支払いを保証する人が並んでいることになり、 署名が増えるほど手形の信用が上がる仕組みになっていた。
割引も、法律の形の上では銀行への裏書譲渡になる。 だから割り引いた手形が満期に不渡りになれば、銀行はみずほ食品に「払ってくれ」と言ってくる。 この請求を受ける義務を遡求義務という。
で、幹の話に戻ると、裏書も割引も「手形の権利を人に渡す」点では同じ動作で、 帳簿の上で差が出るのは渡した相手が満期まで待ってくれるかどうかだけになる。
① 10月1日 手形の割引
大垣屋商店が振り出した約束手形600,000円(満期12月31日)を大垣中央銀行で割り引いた。 割引率は年7.3%、満期日までの日数は91日。手取金は当座預金に入った。
割引料 = 600,000 × 7.3% × 91 ÷ 365 = 10,920円 手取金 = 600,000 − 10,920 = 589,080円
差額の10,920円は、性質としては3か月分の利息そのものだが、 帳簿では手形売却損という費用で処理する。理由は後の用語カードで見る。
② 10月20日 手形の裏書譲渡
揖斐川フーズが振り出した約束手形300,000円を、西美濃製粉への買掛金300,000円の支払いに充てた。 額面と買掛金が同額なので、差額は出ない。費用も出ない。
③ 11月10日 電子記録債権の譲渡
近江乾物への買掛金250,000円を、持っている電子記録債権400,000円のうち250,000円分を 譲渡記録することで決済した。手形と違い、債権を分割して渡せるのが電子記録債権の特徴になる。 残りの150,000円分は、そのまま満期に入金される。
なお、銀行に譲渡して現金化することもできる。残る150,000円分を147,000円で譲渡すれば、 差額3,000円は電子記録債権売却損になる。手形の割引と同じ形で、名前だけが違う。
④ 11月1日 旧製麺機を売って、代金を手形で受け取った
第2工場に新しい製麺機を入れたので、1期目から使っていた製麺機(備品)を売却した。 取得原価1,200,000円、当期首までの減価償却累計額300,000円、 当期首から売却日までの減価償却費は150,000 × 7 ÷ 12 = 87,500円。 売却価額は862,500円で、代金は相手が振り出した約束手形(満期は翌年3月20日)で受け取った。
帳簿価額 = 1,200,000 − 300,000 − 87,500 = 812,500円 売却益 = 862,500 − 812,500 = 50,000円
ここで受け取った手形は、受取手形ではなく営業外受取手形で処理する。 みずほ食品の本業は麺を売ることで、製麺機を売ることではないからだ。 この手形は3月20日に満期が来て当座預金に入金されたので、期末の貸借対照表には残っていない。
⑤ 3月31日 決算 債権を3つに分ける
期末の債権と、相手の状態は次のとおりだった。
| 相手 | 債権 | 金額 | 状態 | 区分 |
|---|---|---|---|---|
| 一般の得意先 | 受取手形 | 900,000 | 通常どおり | 一般債権 |
| 一般の得意先 | 売掛金 | 2,100,000 | 通常どおり | 一般債権 |
| マルヤマ食品 | 売掛金 | 800,000 | 資金繰りが悪化し、支払期日の延長を申し入れてきた | 貸倒懸念債権 |
| 関ケ原製麺所 | 売掛金 | 400,000 | 破産手続開始の申立てをした | 破産更生債権等 |
見積りは区分ごとにやり方が変わる。
見積額の合計は 60,000 + 250,000 + 300,000 = 610,000円。 期末の貸倒引当金の残高は45,000円だったので、差額補充法で 610,000 − 45,000 = 565,000円を繰り入れる。
3級のやり方で全部に2%を掛けていたら、 (900,000 + 2,100,000 + 800,000 + 400,000) × 2% = 84,000円で済んでいた。 同じ債権に対する見積りが、84,000円と610,000円。この差がこの節の中身になる。
決算書の注記や勘定科目内訳明細を見ると、「割引手形」「裏書譲渡手形」という金額が出てくる。 貸借対照表の本体では受取手形が減っているので、資産としては軽くなって見える。 しかし、割り引いた手形が不渡りになれば、その会社が銀行に払い戻す義務を負う。 だから注記に残す。貸借対照表の外側にある債務という意味で、偶発債務と呼ばれる。
与信の側から読むと、割引手形の残高が売上規模に対して大きい会社は、 売上代金の入金を待てていない、という信号になる。 本来は満期まで持てば額面がまるごと入るのに、利息を払ってでも先に現金化している。 その理由が季節的な仕入の山なのか、恒常的な資金不足なのかで、評価は正反対になる。 前期・前々期と並べて、割引の残高が毎期じりじり増えているなら、後者を疑う根拠になる。 銀行は振出人の信用で買い取るので、以前は割り引けていた先の手形が割り引けなくなったときも、 そこで何かが起きている。
で、幹の話に戻ると、割引の仕訳が受取手形を貸方に落として売却損を借方に立てるのは、 その手形がもう自社の資産ではないことを表すためで、 戻ってくるかもしれない義務のほうは、注記という別の場所で伝える形になっている。
(A) 割引料を出す
大垣屋商店の手形で1回通す。
一般化すると、割引料 = 額面 × 年割引率 × 割引日数 ÷ 365。 月数で与えられたら分母は12になる。 1年365日で割るのは、利息が日単位で発生するものだからで、 貸付金・借入金の利息の計算とまったく同じ考え方になる。
(B) 貸倒引当金を3区分で見積もる
一般化すると、区分が下がるほど、率から個別の金額へ、見積りの根拠が細かくなる。 一般債権は「たくさんあるから平均で当たる」ことに依存しているが、 下の2区分は相手が特定できているので平均を使う理由がない。 担保や保証で回収できる部分を先に引くのは、そこは相手の信用と無関係に回収できるからだ。
10/ 1 手形の割引
(借) 当 座 預 金 589,080 (貸) 受 取 手 形 600,000
(借) 手形売却損 10,920
10/20 手形の裏書譲渡
(借) 買 掛 金 300,000 (貸) 受 取 手 形 300,000
11/10 電子記録債権の譲渡(買掛金の決済)
(借) 買 掛 金 250,000 (貸) 電子記録債権 250,000
11/ 1 旧製麺機の売却(代金は約束手形)
(借) 営業外受取手形 862,500 (貸) 備 品 1,200,000
(借) 減価償却累計額 300,000 (貸) 固定資産売却益 50,000
(借) 減価償却費 87,500
3/31 破産更生債権等への振替
(借) 破産更生債権等 400,000 (貸) 売 掛 金 400,000
3/31 貸倒引当金の繰入
(借) 貸倒引当金繰入 565,000 (貸) 貸倒引当金 565,000
対抗案1:3級と同じく、全部の債権に一律2%を掛ける
計算は1行で済む。(900,000 + 2,100,000 + 800,000 + 400,000) × 2% = 84,000円。 期末残高45,000円との差39,000円を繰り入れて終わり。当期純利益は、 正しい処理をした場合より 565,000 − 39,000 = 526,000円多く出る。
翌期に何が起きるか。関ケ原製麺所の400,000円は、担保の処分で100,000円だけ回収でき、 残り300,000円は回収不能が確定する。マルヤマ食品も半分の400,000円が焦げ付いたとする。 引当金は84,000円しか積んでいないので、足りない分は貸倒損失として翌期の費用に落ちる。 当期は526,000円多く儲かった会社に見え、翌期は616,000円損した会社に見える。 麺の売れ行きは両期とも変わっていないのに、である。 2社への債権は当期の売上から生じたもので、その売上が本当は回収できないという事実は、 当期の決算で伝えなければ意味がない。 費用収益対応の考え方(boki3-ch12-s01)が、そのまま見積りの側に効いてくる。
対抗案2:破産が確定してから貸倒損失で処理する(見積りは一切しない)
事実が確定してから書く、という意味では最も正確に見える。実際、破産手続が終わるのは何年も先だ。 関ケ原製麺所の配当が確定するのが2年後だとすると、みずほ食品の帳簿では、 当期も翌期も売掛金400,000円が回収できる資産として並び続ける。 そして2年後、過去の期の売上から生じた損失300,000円が、 何の関係もない期の費用として突然現れる。 どの期の商売が良かったのかを比べるための決算書が、比べられないものになる。 貸倒引当金が「まだ起きていない損失を先に見る」ことを許されているのは、 起きる可能性が高く、金額が合理的に見積もれるからで、 裁判所の手続に入った相手は、その条件をはっきり満たしている。
Q. 割引料の正体は利息なのに、なぜ「手形売却損」という名前を使うのか。 A. 帳簿から何が消えたかを見ると分かる。 銀行から600,000円を借りたのなら、資産(当座預金)が増えて負債(借入金)が増えるだけで、 受取手形は帳簿に残ったままになる。ところが割引では、受取手形600,000円が帳簿から消えている。 消えたということは、債権そのものを銀行に渡したということで、形は貸借ではなく売買になる。 額面600,000円の債権を589,080円で売ったのだから、差額は売却損。 経済的な中身(利息)と帳簿上の形(債権の売却)が食い違う場面で、簿記は形のほうを採っている。
Q. 割り引いた手形が不渡りになったら、みずほ食品はどうなるのか。帳簿から消したのに。 A. 銀行から「払い戻してほしい」と請求される。裏書をして渡した以上、 振出人が払わなければ渡した側が払う義務(遡求義務)が残るからだ。 そのときは、支払った金額で受取手形が戻ってくる形の処理をする。 帳簿の本体から消えているこの義務は、決算書では注記として外に示す。 学習としては、割引=手形売却損の形をまず固め、渡した後も義務が残っている点を押さえておけばいい。
Q. 電子記録債権は、手形と何が違うのか。同じ処理なら分ける意味はあるのか。 A. 仕訳の形はほぼ同じだが、道具としての性能が違う。 第一に分割して譲渡できる。400,000円の債権のうち250,000円分だけ渡す、 という使い方は紙の手形ではできない。 第二に紛失・盗難がなく、印紙税もかからず、 記録機関の記録が権利の根拠になるので裏書の連なりを追う手間も消える (boki3-ch05-s02)。 帳簿の側から見れば「後で金を受け取れる権利」であることは同じなので、 仕訳が似るのは当然で、科目を分けているのは道具の違いを決算書に残すためになる。
flowchart TD
A[受け取った手形・電子記録債権] --> B{満期まで待つか}
B -- 銀行に現金化を頼む --> C[割引<br/>手形売却損が出る]
B -- 仕入代金の支払いに充てる --> D[裏書譲渡・譲渡記録<br/>費用は出ない]
B -- 待つ --> E[満期に入金]
F[固定資産を売って手形を受け取った] --> G[営業外受取手形<br/>boki2-ch05-s02]
E --> H{期末に残った債権の相手は}
H -- 通常 --> I[一般債権<br/>貸倒実績率]
H -- 弁済に重大な問題 --> J[貸倒懸念債権<br/>担保控除後の一定率]
H -- 法的整理 --> K[破産更生債権等<br/>担保控除後の全額]
I --> L[貸倒引当金繰入<br/>boki3-ch08-s01]
J --> L
K --> L
L --> M[税務との差は税効果へ<br/>boki2-ch09-s01]
正解: 3
正解: 2
正解: 1
正解: 4