第2章で、仕訳を書いて勘定へ写すところまで来た。 理屈の上では、これで帳簿は回る。ところが実際に会社を始めると、 いちばん先に、いちばん頻繁に狂うのが現金と預金の残高になる。
理由ははっきりしている。現金は毎日何度も動き、動かした人と記録する人が違うからだ。 売掛金は月に数回しか動かないし、動くたびに請求書という紙が残る。 現金は、工場の職員がガムテープを買っただけでも動く。 そして小切手や商品券のように「現金のようで現金でないもの」が混ざり込んでくる。
この章は3つの節でできている。1つ目はどこまでを現金と呼ぶかと、 帳簿と金庫が合わなかったときの扱い。2つ目は当座預金という、小切手を振り出すための特別な口座。 3つ目は小口現金という、日々の細かい支払いを本部から切り離す仕組み。 どれも「現金の管理を、人の几帳面さに頼らない形にする」という同じ狙いから出てきている。
小切手の起源は、17世紀ロンドンの金匠(ゴールドスミス)にあるとされる。 当時、商人は金貨を自宅に置いておくのが危険だったので、 頑丈な金庫を持つ金匠に預けた。金匠は預かった証拠として預り証を書いて渡す。 やがて商人たちは、支払いのたびに金貨を引き出すのをやめ、 「この預り証の持参人に、私の預け金からいくら払ってほしい」と金匠あてに書いた紙を 相手に渡すようになった。これが小切手の原型だという説明が一般的だ。
金匠は、預かった金貨のすべてが同時に引き出されることはないと気づき、 一部を貸し出すようになる。ここから銀行業が生まれた、という筋書きもよく語られる。 どこまでが実証された経緯でどこからが整理された物語かは議論があるが、 「預けた金を、紙の指図で動かす」という発想が先にあったという点は共通している。
日本語の「小切手」は、明治期に cheque の訳語として定着した。
江戸期には米や商品と引き換えられる「切手」(引換券)が流通しており、
その語を小口の支払指図に当てたものだ、という説が有力になる。
だから通貨代用証券を現金として扱うのは、簿記が便宜的に決めた分類ではない。 もともと小切手は「預けてある通貨を動かすための紙」として生まれていて、 窓口に出せば通貨になるという性質が、その出自そのものだからだ。
帳簿の上で現金が多い会社は安全に見える。ところが決算書を読む側は、 現金が不自然に多い会社をむしろ警戒する。理由は2つある。
1つは、確かめようがないこと。預金は残高証明書を取れば裏が取れるが、 手元現金は数えに行かない限り分からない。 実際にはもう存在しない現金が、帳簿の上だけで何年も残っていることがある。 社長が私用で持ち出したまま精算されていない、 売掛金を現金で回収して記帳していない、といった形で残高だけが積み上がる。
もう1つは、現金は何も生まないこと。金庫に眠っている300万円は、 機械にすれば麺を作り、預金にすればわずかでも利息を生む。 現金のまま置いておくのは、盗難や紛失の危険を負いながら何も生まない状態になる。
みずほ食品の1期目の期末現金は1,850,000円だった。 年間の売上11,500,000円に対して、およそ2か月分にあたる。 製麺所の日々の支払いを考えれば多すぎる水準で、 2期目には当座預金へ寄せて手元を薄くする、という話が実際に出てくる。
現金の残高は「安全の指標」ではなく「管理の状態を映す鏡」だと見ておくと、 なぜこの科目がいちばん狂いやすいと言われるのかが腑に落ちる。
7月8日、大垣屋商店の番頭が事務所にやってきて、売掛金のうち200,000円分だと言って 1枚の紙を置いていった。大垣屋商店が振り出した小切手だった。 七海は困った。紙幣は1枚も入っていない。かといって、銀行の残高が増えたわけでもない。 現金なのか、預金なのか、それとも別の科目なのか。
答えは現金になる。簿記でいう現金は、財布や金庫に入っている紙幣・硬貨より広い。 銀行の窓口に持ち込めば、その場で額面どおりの通貨に換えてもらえる証券は、 まとめて現金として扱う。これを通貨代用証券という。
【要請】 なぜ広げるのか。会計が答えたい問いが「いま、いくら払えるか」だからだ。
手元にある200,000円の小切手は、銀行へ持っていけば通貨になる。
支払能力という意味では、紙幣200,000円と区別する理由がない。
これを「有価証券」や「受取小切手」といった別の科目に分けると、
貸借対照表を見た人が支払能力を測るのに、いくつもの科目を自分で足し算する必要が出てくる。
覚え方の取っ掛かりは「窓口に出せばすぐ通貨になるものは、通貨と同じ棚に置く」。
【必然】 一方で、いくら広げても入らないものがある。判定は1本の線で足りる。
発行元に持ち込めばその場で額面どおりの通貨になるか。
第6章で出てきた受取商品券は、
商品と交換する権利であって通貨に換える権利ではないので、この線の外側に落ちる。
郵便切手も、郵便サービスと交換する権利なので現金ではない。
【由来】 「小切手」という言葉自体は、通貨代用証券がなぜ現金扱いになるのかを説明してくれる。
江戸期の日本には、米や商品と引き換えられる「切手」(引換券)が広く流通していた。
それを小口の支払いに使えるようにしたものが小切手だ、という説明が一般的だが、
実際には英語 cheque の訳語として明治期に定着した語で、
語の作り自体は既にあった「切手」に「小」を付けたもの、という説が有力になる。
経緯はこの章の小話で回収する。
金融機関やリース会社が決算書を受け取ったとき、現金及び預金の金額は いちばん確かめやすい数字であると同時に、いちばん作りやすい数字でもある。 預金は残高証明書を取れば一発で裏が取れるが、手元現金は数えに行かない限り確かめようがない。
だから小さな会社の決算書で「現金」だけが数百万円ある状態は、まず引っかかる。 日々の支払いを回すのに必要な手元現金は、通常なら月商の数日分に収まる。 それを大きく超えている場合、実際には社長個人が持ち出していて帳簿だけが残っている、 あるいは売掛金の回収を現金で受けて記帳していない、という形になっていることがある。 実質的な貸付金や、回収できていない債権が現金の顔をして並んでいる状態だ。
同じ理由で、預金のほうも「どの銀行にいくら」を見る。 1行に集中していれば、その銀行の判断ひとつで資金繰りが止まる。 残高が月末だけ跳ね上がっていれば、月末に合わせて資金を寄せている可能性を疑う。
で、幹の話に戻ると、現金という科目が広めに定義されているのは支払能力を1本で示すためで、 そのぶん中身が何なのかを常に説明できる状態にしておく必要がある、と押さえておけばいい。
このあと出てくる現金過不足は、原因が分かるまで金額を置いておく箱だ。 同じ性格の箱を、第6章で2つ見ている。 仮払金と仮受金がそれで、 どちらも「金は動いたが中身が確定していない」状態を受け止める。
違いは、作られ方にある。仮払金は「旅費がいくらになるか分からない」と分かったうえで こちらが意図して作る箱で、現金過不足は「合わない」という事実に押されて 仕方なく作る箱になる。意図の有無だけが違って、 決算までに中身を突き止めて正しい科目へ振り替える、突き止められなければ雑損・雑益に落とす、 という後始末の作法はまったく同じだ。
だから3級では、この3つを「仮の箱の家族」としてまとめて覚えておくと得をする。 第12章の決算整理で、仮の箱が残っていないかを確認する場面が必ず来る。
で、幹の話に戻ると、現金過不足は特殊な科目ではなく、 中身が決まるまでの待合室という同じ発想の1つだと見ておけばいい。
まず、簿記で現金として扱うものを一覧にする。
| 現金として扱う | 現金として扱わない |
|---|---|
| 紙幣・硬貨 | 他社が発行した商品券(受取商品券) |
| 他人が振り出した小切手 | 郵便切手・収入印紙(貯蔵品または費用) |
| 送金小切手・郵便為替証書 | 自分が振り出した小切手(当座預金の減少) |
| 配当金領収証 | 先日付小切手(受取手形として扱う) |
| 期限が到来した公社債の利札 | 定期預金・普通預金(別の科目) |
みずほ食品の1期目に、この線引きが問われた場面は4つあった。
| 日付 | 出来事 | 扱い |
|---|---|---|
| 7/8 | 大垣屋商店から売掛金 200,000 を先方振出の小切手で受取 | 現金の増加 |
| 7/9 | 上記の小切手を当座預金へ預け入れ | 現金の減少・当座預金の増加 |
| 8/20 | 金庫を数えたら帳簿より 3,000 少なかった | 現金過不足(借方) |
| 9/15 | 8月の発送費 2,000 の記帳漏れが判明 | 発送費へ振替 |
8月20日の3,000円が、この節の主役になる。 帳簿上の現金残高は、それまでの仕訳を積み上げた計算値だ。 一方、金庫に実際に入っている金額は数えれば分かる。 このとき合わせるべきなのは実際に入っているほうで、金庫の中身が真実になる。
そこで、まず帳簿の現金を実際有高に合わせる。帳簿より3,000円少ないので、現金を3,000円減らす。 減らした相手科目は、この時点ではまだ言えない。誰かが払ったのか、 数え間違えたのか、盗まれたのか、分かっていないからだ。 その「まだ言えない」を置いておく箱が現金過不足になる。
9月15日に、8月の発送費2,000円を払ったのに伝票を切っていなかったことが判明した。 これで3,000円のうち2,000円の正体が分かったので、現金過不足から発送費へ移す。 残る1,000円は、決算日(2027/3/31)まで原因が分からなかった。 最後まで分からない分は、決算で雑損という費用にして箱を空にする。
cash はイタリア語 cassa(銭箱)から来たとされ、
日本語が「いま使える」性質を、英語が「入れ物」を名前にしている違いがある。8月20日から決算日までを、順に追う。
一般化すると、現金過不足は次の3段で扱う。 ①ずれた日に現金を実際有高へ合わせて差額を箱に入れる → ②判明した分だけ箱から出す → ③決算日に残りを損益へ落とす。 先に「不足なら借方」と覚えようとすると、多かった場合に必ず逆を書く。 順序を逆にして、まず現金をどちらに動かすかを決め、その反対側に箱を置くと間違えない。 8月20日は現金が減るので貸方に現金、だから借方が現金過不足になる。
7/8 (借) 現 金 200,000 (貸) 売 掛 金 200,000
7/9 (借) 当座預金 200,000 (貸) 現 金 200,000
8/20 (借) 現金過不足 3,000 (貸) 現 金 3,000
9/15 (借) 発 送 費 2,000 (貸) 現金過不足 2,000
3/31 (借) 雑 損 1,000 (貸) 現金過不足 1,000
なお、実際有高のほうが多かった場合は、すべて左右が逆になる。 現金を増やして貸方に現金過不足を置き、決算まで残れば雑益になる。
対抗案1:受け取った小切手を、その場で当座預金の増加として書く
どうせ銀行に持ち込むのだから、預金が増えたことにしても同じではないか、という発想はありうる。 数字で追うと、当座預金の帳簿残高が実際とずれる。 みずほ食品は7月8日に小切手を受け取り、銀行へ持ち込んだのは翌9日だった。 この案だと、8日の時点で帳簿上の当座預金は200,000円増える。 実際の銀行残高が増えるのは9日なので、丸1日、帳簿と銀行が200,000円ずれる。
ずれが問題になるのは、小切手を振り出す側に回ったときだ。 このあと出てくる11月28日、みずほ食品は当座預金の残高が350,000円のときに600,000円の小切手を振り出している。 もし受け取った小切手を前倒しで預金に計上する運用をしていれば、 帳簿上の残高は実際より大きく見え、振り出してよいかどうかの判断を誤る。 現金と当座預金を分けておけば、当座預金の帳簿残高は常に銀行の残高と突き合わせられる状態に保てる。
対抗案2:現金過不足を使わず、現金だけを実際有高に合わせて相手科目を雑損にする
8月20日の時点で「原因不明の3,000円」を雑損にしてしまえば、箱を1つ覚えずに済む。 壊れるのは、9月15日に発送費2,000円の記帳漏れが見つかったときだ。 すでに雑損3,000円を計上しているので、正しく直すには雑損を2,000円取り消して発送費に振り替える という二度手間になる。しかも8月の月次では雑損3,000円・発送費0円という姿が残り、 月ごとの費用の内訳が実態とずれる。
金額が大きくなると影響も大きくなる。仮にずれが300,000円で、 そのうち280,000円が売掛金の回収の記帳漏れだったとする。 即座に雑損にすると、費用が280,000円過大、売掛金が280,000円過大のまま残り、 第8章の貸倒引当金の見積りまで狂う。 原因を追う時間を確保するための箱が現金過不足で、雑損はその調査を打ち切る宣言になる。 だから雑損に落とすのは決算日と決まっている。
Q. 他人が振り出した小切手は現金なのに、自分が振り出した小切手はなぜ当座預金なのか。 A. 立っている側が逆だからだ。他人振出の小切手は、こちらが受け取った紙で、 銀行に持ち込めば通貨になる。手元の財産が増えている。 自分が振り出した小切手は、こちらが渡した紙で、 相手が銀行に持ち込むと自社の当座預金から引き落とされる。 手元の現金は1円も動かず、減るのは当座預金のほうになる。 同じ小切手でも、受け取ったか振り出したかで動く科目が変わる。
Q. 先日付小切手はなぜ現金にならないのか。 A. 先日付小切手は、実際の日付より先の日を書いた小切手で、 「その日まで銀行に持ち込まないでほしい」という了解のもとに渡される。 つまり、いま窓口に出しても通貨にできない前提がある。 すぐ通貨になるという現金の条件を満たさないので、 支払期日のある債権として受取手形に準じて扱う(第5章)。 判定の線は「いま持ち込めるか」の一本で足りる。
Q. 現金過不足の残高が貸方に残ったまま決算を迎えたら、雑益にするのか。 A. そうなる。実際有高のほうが多かった、つまり原因の分からない現金が増えていた状態なので、 決算日に雑益(収益)へ振り替えて箱を空にする。 ただし現実には、収益の記帳漏れ(売上の計上漏れなど)が原因であることが多い。 雑益で処理して終わりにするのではなく、まず売上や回収の記録を疑うのが実務の順序になる。 金額が大きいときは、雑益に落とす前に必ず原因を追う。
flowchart TD
A[金庫を数える] --> B{帳簿残高と一致するか}
B -- 一致 --> C[何もしない]
B -- 不一致 --> D[現金を実際有高へ合わせる]
D --> E[現金過不足<br/>boki3-ch03-s01]
E -- 原因判明 --> F[正しい科目へ振替]
E -- 決算まで不明 --> G[雑損・雑益<br/>boki3-ch12-s01]
H[受け取った小切手] --> I[現金]
I --> J[当座預金へ預入<br/>boki3-ch03-s02]
E -.同じ性格の箱.-> K[仮払金・仮受金<br/>boki3-ch06-s03]
5月1日、社長と七海は大垣中央銀行の大垣支店へ行き、当座預金の口座を開いた。 現金2,500,000円を預け入れ、小切手帳を受け取って帰ってくる。 帰り道で社長が言った。「これで西美濃さんの支払い、いちいち札束持って行かんでええな」。
この一言に、当座預金という口座が存在する理由がほとんど入っている。 500,000円の買掛金を現金で払うなら、札束を数えて運び、 相手も数えて受け取り、双方が数え間違いと盗難の危険を負う。 小切手なら、金額を書いた紙を1枚渡すだけで済む。 実際の資金の移動は銀行どうしがやってくれる。
【要請】 当座預金が普通預金と別の口座になっているのは、小切手を振り出せる口座だからだ。
銀行にしてみれば、小切手を持ち込んだ人に無条件で払わなければならない。
だから口座を開くときに審査をし、当座勘定取引契約という別の契約を結ぶ。
そして当座預金には利息が付かない。いつ引き出されるか分からない金を銀行が運用できないためで、
金利を付けない代わりに決済の道具として使わせる、という取り決めになっている。
【必然】 そのうえで、この節の本題は「残高より大きい小切手を振り出したらどうなるか」だ。
形の上では、当座預金という資産の勘定が貸方残高になる。
第2章で見たとおり、資産が貸方残高になるのは本来ありえない。
持っていない財産をマイナスで持っていることになるからだ。
ではなぜ起きるのかというと、銀行が差額を立て替えて払っているからで、
その正体は資産のマイナスではなく借入になる。
覚え方の取っ掛かりは「当座がマイナスに見えたら、それは銀行から借りている」。
【由来】 「当座」は「さしあたって・当面」を意味する古い言葉で、
腰を据えて置いておく金ではなく、当面の支払いのために置いておく金、という含みがある。
定期預金が「期を定めて預ける」のと、名前の付き方が対になっている。
当座借越は、口座を開けば自動的に使えるものではない。 あらかじめ銀行と当座借越契約を結び、限度額(極度額)を決めておく必要がある。 みずほ食品は大垣中央銀行と限度額1,000,000円で契約している。
この契約は、銀行の側から見ればいつでも引き出される可能性のある融資枠になる。 だから審査は普通の融資とほとんど変わらないし、限度額は会社の規模と資金繰りを見て決まる。 実際に借りていない期間も、枠を用意している以上は与信を出していることになる。
決算書を読む側は、この枠の使い方を見る。 期末だけ残高がプラスに戻っていても、期中ずっと枠を使い切っていれば、 それは運転資金が恒常的に足りていない状態を示す。 逆に、枠を持っていながらほとんど使っていない会社は、資金繰りに余裕がある。 リースや割賦の審査で「借越の平残」を尋ねるのは、この期中の姿を知るためになる。
で、幹の話に戻ると、当座預金が貸方残高になる現象は帳簿上の例外処理ではなく、 契約で用意された借入枠を実際に使ったという事実の記録だと押さえておけばいい。
当座預金が貸方残高になる状態の扱い方には、2つの流儀がある。
1つは、期中は当座預金の1本で書いておき、決算日に貸方残高が残っていたら そのときだけ当座借越(または短期借入金)へ振り替える方法。 期中の仕訳が単純になるので、3級ではこちらが基本になる。
もう1つは、預金残高がある間は当座預金、超えた分は当座借越と、 期中から2つの勘定に書き分ける方法で、二勘定制と呼ばれる。 1回の小切手振出で当座預金と当座借越の両方が動くことがあり、仕訳は面倒になるが、 帳簿を見るだけで「いま借りているかどうか」が分かる利点がある。
どちらを採っても、決算日の貸借対照表に載る姿は同じになる。 資産として当座預金が並ぶか、負債として当座借越(短期借入金)が並ぶかは、 決算日の残高がどちら側にあるかだけで決まるからだ。
で、幹の話に戻ると、期中の書き方に流儀の違いはあっても、 決算で負債に振り替えるという結論は変わらない、と押さえておけばいい。
みずほ食品の1期目、当座預金が動いた主な日を並べる。
| 日付 | 出来事 | 当座預金の動き |
|---|---|---|
| 5/1 | 口座開設。現金 2,500,000 を預け入れ | +2,500,000 |
| 5/31 | 西美濃製粉への買掛金 500,000 を小切手で支払 | −500,000 |
| 5/31 | 大垣屋商店から売掛金 400,000 が入金 | +400,000 |
| 7/9 | 受け取った小切手 200,000 を預け入れ | +200,000 |
| 11/28 | 残高 350,000 のときに小麦粉代 600,000 の小切手を振出 | −600,000(貸方残高 250,000) |
| 12/5 | 大垣屋商店から売掛金 800,000 が入金 | +800,000(借方残高 550,000) |
11月28日に注目してほしい。残高350,000円しかないところに600,000円の小切手を振り出している。 差額の250,000円は、大垣中央銀行が立て替えて支払った。 このとき当座預金勘定は250,000円の貸方残高になる。
もしこの状態のまま決算日を迎えたら、貸借対照表の資産の部に 「当座預金 △250,000」と書くことになる。これでは読む人が意味を取れない。 実際には銀行から250,000円を借りている状態なので、 決算では当座借越という負債へ振り替える。
みずほ食品の場合は12月5日に大垣屋商店からの入金があり、 残高は550,000円の借方残高に戻った。だから1期目の決算では振替は起きていない。 1期目の期末の当座預金残高は1,718,000円で、貸借対照表には資産として載る(第12章)。
current account(いま動いている勘定)も、動きの多さを名前にしている点は同じ。11月28日の小切手振出から、決算までを追う。
一般化すると、当座借越の判定は決算日の残高がどちら側にあるかだけで決まる。 期中に何度マイナスになっても、決算日に戻っていれば振替は不要になる。 逆に、期中ずっとプラスでも決算日だけ貸方残高なら振り替える。 「借りたことがあるかどうか」ではなく「決算日にどうか」で見る、という点が要点になる。
なお、当座預金は銀行の残高と一致しているのが正常な状態なので、 月末に銀行から残高証明を取り、当座預金出納帳と突き合わせる。 これは第2章で見た補助記入帳の代表例になる。
5/1 (借) 当座預金 2,500,000 (貸) 現 金 2,500,000
5/31 (借) 買 掛 金 500,000 (貸) 当座預金 500,000
11/28 (借) 仕 入 600,000 (貸) 当座預金 600,000
12/5 (借) 当座預金 800,000 (貸) 売 掛 金 800,000
(もし決算日に貸方残高 250,000 が残っていたら)
3/31 (借) 当座預金 250,000 (貸) 当座借越 250,000
対抗案1:当座預金と普通預金を「預金」1本の勘定にまとめる
どちらも銀行に預けた金なので、まとめても財産の総額は変わらない。実際、 貸借対照表では「現金及び預金」として1行にまとめて表示する。 壊れるのは期中の管理だ。みずほ食品が普通預金に1,200,000円、当座預金に350,000円を持っていたとする。 1本にまとめると残高は1,550,000円になり、600,000円の小切手を振り出せるように見える。 実際には小切手が引き落とされるのは当座預金からなので、350,000円を超えた瞬間に借越になる。 振り出してよい金額を判断するには、当座預金だけの残高が要る。 普通預金に十分あることは、当座の残高不足を防いでくれない。
対抗案2:貸方残高のまま、当座預金として貸借対照表に載せる
計算は合っている。当座預金 △250,000 と書けば、資産の合計は正しく250,000円小さくなる。 壊れるのは読み手の側だ。貸借対照表の資産の部にマイナスの数字が並ぶと、 読む人は「これは何を意味するのか」から考えることになる。 しかも、この250,000円には利息が付き、期日には返済しなければならない。 性格は完全に借入金と同じだ。
数字で確かめる。負債に250,000円を計上した場合と、資産をマイナス250,000円にした場合では、 資産合計と負債合計がそれぞれ250,000円ずつ違って出る。 借入金1,500,000円に対して負債合計が1,750,000円なのか1,500,000円なのかは、 返済負担を測るうえで無視できない差になる。 返す義務があるものは負債の側に置くという原則を守るために、決算で振り替える。
Q. 当座預金に利息が付かないのは、銀行が得をしているだけではないのか。 A. 銀行は預かった金を貸し出して利息を得るが、当座預金の金はいつ引き出されるか分からないので、 期間の決まった貸出には回しにくい。運用できない資金に利息を付けられない、という理屈になる。 代わりに、銀行は小切手の決済という手間のかかる仕事を引き受けている。 預ける側から見れば、利息をもらう代わりに決済の仕組みを使わせてもらっている関係になる。 なお、無利息であることは預金保険の全額保護の対象になる条件とも結び付いていて、 金利と保護がセットで設計されている。
Q. 借越が起きたときに支払利息を計上しなくてよいのか。 A. 実際には利息が発生する。ただし当座借越の利息は、 期間と残高に応じて銀行が計算し、後日まとめて口座から引き落とす形になるのが普通だ。 引き落とされた日に支払利息として計上すればよいので、 借越が起きた日に利息を計上する必要はない。 3級の出題では、借越そのものの振替が問われることが多く、利息計算まで求められる場面は少ない。
Q. 決算で当座借越へ振り替えたあと、翌期はどうするのか。 A. 2つのやり方がある。1つは、翌期首に反対の仕訳を入れて当座預金の貸方残高に戻す方法(再振替)。 もう1つは、振り替えたままにして、その後の入金で当座借越を減らしていく方法。 どちらでも最終的な残高は同じになる。 3級では決算日の振替そのものが問われるので、 **振り替える理由(資産のマイナスを負債として表示する)**を押さえておけば足りる。
flowchart TD
A[当座預金口座] --> B[小切手を振り出す]
B --> C{残高で足りるか}
C -- 足りる --> D[当座預金が減る]
C -- 足りない --> E[貸方残高になる<br/>銀行が立替]
E --> F{決算日に戻っているか}
F -- 戻っている --> G[資産として表示]
F -- 残っている --> H[当座借越へ振替<br/>負債]
A --> I[当座預金出納帳<br/>boki3-ch02-s03]
D --> J[支払手形の決済<br/>boki3-ch05-s01]
6月に入って、七海の机に細かい領収書が溜まり始めた。 工場の職員が買ってきたガムテープ、配送のときの高速代、事務所の切手。 どれも数百円から数千円で、そのたびに七海が金庫を開けて渡している。 1日に5回開ければ、5回とも数え直して記録することになる。
そこで社長が決めた。「松井さんに5万円渡しといて、工場のこまいのはそっちで払ってもらお」。 工場の松井係長に一定額を前もって渡しておき、細かい支払いはそこから出してもらう。 使った分は週に一度まとめて報告してもらい、使った分だけ補給する。 この前渡しした資金が小口現金になる。
【要請】 なぜ「使った分だけ補給する」という形にするのか。
狙いは手元に置く金額を常に一定に保つことにある。
毎週50,000円に戻す運用なら、松井係長が持っている現金は
どの時点でも「50,000円 − まだ報告していない支払額」になる。
だから、金庫の中身と報告書の合計を足せば必ず50,000円になり、
数えるだけで異常が分かる。この仕組みを定額資金前渡法(インプレスト・システム)という。
【必然】 もう1つ、必然的な効果がある。補給額と支払報告額が必ず一致するので、
補給の仕訳を書くたびに、その週の経費の内訳が確定する。
報告を受けずに補給することができない構造になっていて、
報告しなければ金が来ないという形で記録が担保される。
覚え方の取っ掛かりは「補給額=使った額。だから補給の仕訳を見れば使い道が分かる」。
定額資金前渡法は、英語では imprest system と呼ばれる。
imprest は「前もって貸し付ける」という意味の古い語で、
イタリア語の imprestare(貸す)に遡るとされる。
イングランドでは、王室や海軍が任務にあたる者へ経費を前渡しし、
帰還後に使途を報告させて精算する制度を長く運用していた。
渡した額と報告された額の差が残っているかを確かめる仕組みで、
imprest はその前渡金そのものを指す言葉として使われた。
公金を預ける以上、報告なしに追加は渡さない、という原則がそこで固まっている。
小口現金の運用が「使った分だけ補給する」形をしているのは、この系譜に連なっている。 金額の大小は違っても、前渡し・報告・精算という3段の構えは変わっていない。
で、幹の話に戻ると、定額前渡という形は経理の便宜のために考案されたのではなく、 他人に金を預けるときの古い作法がそのまま残ったものだ、と見ておけばいい。
みずほ食品は、限度額50,000円・週次補給という条件で運用を始めた。
| 日付 | 出来事 | 金額 |
|---|---|---|
| 6/1 | 松井係長へ小切手で前渡し | 50,000 |
| 6/26(金) | 1週間の支払報告:旅費交通費 12,000/通信費 8,000/消耗品費 15,000/雑費 3,000 | 38,000 |
| 6/29(月) | 使った分を小切手で補給 | 38,000 |
6月26日の報告の時点で、松井係長の手元には 50,000 − 38,000 = 12,000円が残っている。 29日に38,000円を補給すると、手元は再び50,000円に戻る。 以後、毎週この動きを繰り返す。
七海の仕事は、週に一度、報告書の合計38,000円と 手元に残っている12,000円を足して50,000円になるかを確かめることだけになった。 合わなければ、その週のどこかに記録漏れか誤りがある。 1日5回だった金庫の開け閉めは、週1回の突き合わせに変わっている。
なお、報告と補給が同じ日に行われる場合は、2本の仕訳を1本にまとめて書くこともできる。 借方に費用4行、貸方に当座預金38,000という形になり、小口現金は動かない。 報告と補給が同時なら、小口現金の残高は変わらないからだ。
petty cash の petty はフランス語 petit(小さい)から来ていて、命名の発想は同じ。6月の1サイクルで通す。
一般化すると、定額資金前渡法は 「一定額を渡す → 使う → 報告する → 使った額だけ補給する」の繰り返しで、 補給額は常に報告された支払額と一致する。 この一致こそが仕組みの肝で、「今週は少し多めに渡しておこう」と補給額を変えた瞬間、 手元残高が一定でなくなり、数えるだけで異常が分かるという性質が失われる。
なお、報告と補給の日がずれる場合は、報告日に費用を計上する。 費用が発生したのは報告された支払いの時点であって、補給した日ではないからだ。
6/1 (借) 小口現金 50,000 (貸) 当座預金 50,000
6/26 (借) 旅費交通費 12,000 (貸) 小口現金 38,000
(借) 通 信 費 8,000
(借) 消耗品費 15,000
(借) 雑 費 3,000
6/29 (借) 小口現金 38,000 (貸) 当座預金 38,000
報告と補給が同じ日なら、6/26と6/29の2本をまとめて 「借方に費用4行/貸方 当座預金 38,000」と書ける。小口現金の残高は動かない。
対抗案1:随時補給法にする(減ったときに、切りのよい額を補給する)
手元が心もとなくなったら30,000円なり50,000円なりを足す、という運用のほうが自然に見える。 壊れるのは点検のしやすさだ。定額前渡なら、 手元残高 + 未報告の支払額 = 50,000 という等式がいつでも成り立つので、 数えて足すだけで異常が分かる。 随時補給では、いま手元にいくらあるべきかが人によって違う。 6月に50,000円を渡し、途中で30,000円足し、また20,000円足したとすると、 あるべき残高は「100,000 − これまでの支払合計」になり、 過去の補給履歴を全部たどらないと検算できない。 金額が合っているかを確かめるコストが、毎回かかることになる。
対抗案2:小口現金を置かず、すべて経理が現金で支払う
小さい会社なら現実的に見えるし、実際そうしている会社もある。 みずほ食品で数えてみると、6月の小口の支払いは1週間で4件、 月に換算すると16件前後になる。1件あたり、金庫を開けて渡し、 領収書を受け取り、仕訳を1本書くのに5分かかるとすると、月に80分。 定額前渡なら、週1回の報告と補給で仕訳は2本、月に8本で済む。
時間だけの話ではない。工場で急に必要になった数百円の支払いのたびに 事務所まで来てもらう運用は、現場の側が「立て替えて後で言う」方向に流れやすい。 立替が溜まれば領収書が失われ、費用の計上漏れになる。 現場で払える少額の枠を作ることが、記録を残させるための条件になっている。
Q. 報告を受けた日と補給した日がずれると、手元は50,000円に戻っていない。それでよいのか。 A. よい。6月26日の報告から29日の補給までの3日間、松井係長の手元は12,000円しかない。 この間に大きな支払いが必要になれば足りなくなるが、 そもそも小口現金は少額の支払いのための枠なので、 足りないときは通常の手続きで経理から支払う。 帳簿の側では、報告日に費用を計上して小口現金を減らし、補給日に小口現金を増やす。 手元残高と帳簿の小口現金残高は、この3日間もぴたりと一致しているので問題は起きない。
Q. 報告された支払額と、手元に残っている現金の合計が50,000円にならなかったらどうするのか。 A. それは現金過不足と同じ状況になる。 まず原因を探し、領収書の紛失や記録漏れが見つかれば正しい科目へ。 どうしても分からなければ、金額が小さければ雑損・雑益で処理する。 小口現金でこの状況が起きやすいのは、支払う人と記録する人が分かれているからで、 だからこそ「数えれば分かる」定額前渡の形が効いてくる。
Q. 小口現金は貸借対照表にどう載るのか。 A. 現金及び預金の中に含めて表示する。 金庫の現金、当座預金、普通預金、小口現金は、 外に見せる形ではまとめて1行になる(第12章)。 細かく分けているのは社内で管理するためであって、 外部の読み手が知りたいのは「すぐ払える金がいくらあるか」の合計だからだ。 第2章で見た「外に見せる形は粗く、中で使う形は細かく」という関係が、ここでも同じように現れる。
flowchart LR A[当座預金] -- 前渡し --> B[小口現金<br/>定額50,000] B -- 支払 --> C[旅費交通費・通信費<br/>消耗品費・雑費] C -- 週次報告 --> D[費用を計上<br/>小口現金を減らす] D -- 使った額だけ --> E[補給] E --> B B -.明細.-> F[小口現金出納帳<br/>boki3-ch02-s03] D --> G[損益計算書<br/>boki3-ch12-s04]
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正解: 4
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