みずほ食品の3期目、いちばん社内がざわついたのは台湾との取引が始まった日だった。 大垣の展示会で名刺を交換した台北の食品商社リンファ商事から、乾麺の引き合いが入った。 条件は米ドル建て、船で運ぶので入金は出荷の2か月後。 水野社長は「輸出だ」と喜んだが、七海の手は請求書の前で止まった。
総勘定元帳に「米ドル」という欄はない。帳簿は円で書くしかない。 では、10,000米ドルの売上を、いくらの円と書けばいいのか。 3級で扱った売掛金は、大垣屋商店に900,000円で売れば900,000円の債権で、 回収まで金額が動くことはなかった。外貨建ての売掛金は、金額が決まっていない。 決まっているのは「10,000米ドル」という外貨の量だけで、円でいくらになるかは相場が決める。
この章で扱うのは、その「決まっていない金額」を、どの日のレートで円に直して帳簿に載せるかという一点。 論点は3つの時点しかない。取引が起きた日、決済した日、決算日。 この3つで使うレートを整理すれば、外貨建取引は半分終わる。 残り半分は、相場の動きそのものを止めてしまう手段=為替予約の扱いになる。
「為替」という言葉は、「かわす(交わす・替わす)」という動詞の名詞形が元になったとされる。 何を交わしたのかというと、現金そのものではなく、現金を受け取る権利を書いた紙だった。
鎌倉から室町にかけての日本には、替銭(かえせん)や割符(さいふ)と呼ばれる仕組みがあった。 京の商人が奈良の相手に代金を送りたいとき、街道を銭を担いで歩けば盗賊に遭う。 そこで京の両替商に銭を預け、その両替商が発行した紙を相手へ送る。 奈良側はその紙を持って提携先の商人のもとへ行き、銭を受け取る。 動いたのは紙と、両替商どうしの帳簿上の貸し借りだけだった。 江戸期には、大坂と江戸のあいだで同じ仕組みが大規模に使われるようになる。
英語の exchange も、ラテン語の cambiare(交換する)に遡る言葉で、
中世イタリアの両替商が別の通貨や別の都市の支払いを取り次いだ商売から来ている。
紙と帳簿だけが動く以上、預けた日と受け取る日のあいだに時間が空く。 その時間のあいだに交換比率が動けば、差が生まれる。 為替差損益という科目は、この「時間の隙間」に付けられた名前だと考えると腹に落ちる。
1949年から1971年まで、日本の為替相場は1米ドル360円に固定されていた。 戦後の占領政策の一環として単一の交換比率が定められ、20年以上動かなかった。 動かない以上、取引日も決済日も決算日も全部360円で、換算はただの掛け算で終わる。 為替差損益という科目が出る場面が、そもそもほとんどなかった。
これが崩れたのが1971年8月で、米国が金とドルの交換停止を発表した。 ニクソン・ショックと呼ばれる出来事で、同年12月のスミソニアン協定でいったん1ドル308円になったが、 それも持たず、1973年2月に日本は変動相場制へ移った。 以後、相場は毎日動く。輸出企業の帳簿には、それまで存在しなかった問題が一斉に現れた。 売上をいくらで立てるのか、決算で換算し直すのか、予約を付けたらどう書くのか。
日本で外貨建取引の会計処理の基準がまとめられたのは1979年で、変動相場制になってから6年後だった。 制度が先にあって取引が生まれたのではなく、取引が先に生まれて、処理が追いかけた。
だから「なぜ決算日に換算し直すのか」という問いに対する答えは、突き詰めれば 「相場が動くようになったから」になる。動かない相場を前提にした帳簿の書き方は、 1973年に使えなくなった。この章の論点は、その年に生まれている。
2028年7月10日、七海は初めて「米ドル」と書かれた請求書を作った。 金額は10,000米ドル。その日の銀行の為替相場は1米ドル145円だった。 9月20日に入金があり、当座預金に振り込まれたのは1,510,000円。 1米ドルが151円になっていたからだ。
ここで七海が引っかかったのは、社長の一言だった。 「じゃあ、あの麺は1,510,000円で売れたってことでいいな」。 だが、麺を渡したのは7月10日で、その日の値打ちは1,450,000円だったはずだ。 9月までに60,000円ぶん余計に稼いだのなら、それは麺が余計に売れたからではない。 円が安くなったからだ。
【要請】 会計が測ろうとしているのは、その期に何をしていくら稼いだかだった。
売上高は「商品を渡して対価を得る権利が確定した金額」で、その事実が起きたのは7月10日。
入金日の相場で売上を決めてしまうと、まったく同じ量の麺を同じ値段で売っても、
入金が9月になるか10月になるかで売上高が変わる。
売上総利益率が相場で上下し、麺の商売が上手くいったのかどうかが決算書から読めなくなる。
だから売上は取引の日のレートで固定し、そこから先の相場の動きは別の場所で受け止める。
その別の場所が為替差損益で、第1章で見たとおり営業外に置かれる。
【必然】 そして差額が必ず出ることは、避けようがない。
7月10日に1,450,000円の売掛金を立て、9月20日に1,510,000円が入る。
帳簿から売掛金1,450,000円を消して当座預金1,510,000円を増やせば、貸借が60,000円合わない。
1つの取引を原因と結果の両面から書く以上、この60,000円には名前を付けて置き場所を作るしかない。
その置き場所が為替差益になる。
覚え方の取っ掛かりは「売上は写真、為替差損益はその後の値札の張り替え」。
写真は撮った日のまま。値札だけが後で動く。
問題文や解説で、レートが HR・CR・FR という記号で書かれていることがある。
これは英語の頭文字で、HR は historical rate(取引が発生した時の相場)、
CR は current rate(決算日という「今」の相場)、FR は forward rate(先物の相場)を指す。
面白いのは HR の historical で、これは3級で習った取得原価と同じ言葉が使われている点だ。
固定資産を取得原価で持つ考え方を英語では historical cost といい、
「買った当時の事実として記録された金額」という意味になる。
外貨建取引の HR も発想はまったく同じで、その取引が実際に起きた日の事実を指している。
だから HR は「昔のレート」ではなく「その出来事が起きた日のレート」と読むほうが正確で、
7月に売ったものは7月のレート、1月に売ったものは1月のレートと、取引ごとに別々の HR を持つ。
CR の current は「今」だが、ここでいう今は決算日のことで、
問題を解いている日の相場ではない。決算整理は3月31日という一点に立って行う手続きだからだ。
で、幹の話に戻ると、記号を覚えることに意味があるのではなく、 取引ごとに1つ HR がぶら下がっているという感覚のほうが大事になる。 売掛金の明細に「10,000米ドル・145円」と書いてあれば、それがこの債権の HR だ。
みずほ食品の3期目(2028年4月1日〜2029年3月31日)に、決済まで終わった外貨建取引は4件。 1米ドルの相場は、この1年で142円から157円まで、上下しながら円安に振れた。
| 日付 | 出来事 | 外貨額 | レート | 円換算額 |
|---|---|---|---|---|
| 2028/5/15 | リンファ商事へ輸出(掛け) | 8,000米ドル | HR 142 | 売掛金 1,136,000 |
| 2028/8/20 | 上記の入金 | 8,000米ドル | 147 | 当座預金 1,176,000 |
| 2028/7/10 | リンファ商事へ輸出(掛け) | 10,000米ドル | HR 145 | 売掛金 1,450,000 |
| 2028/9/20 | 上記の入金 | 10,000米ドル | 151 | 当座預金 1,510,000 |
| 2028/10/5 | ウェストポート社から包装資材を輸入(掛け) | 4,000米ドル | HR 148 | 買掛金 592,000 |
| 2028/12/15 | 上記の支払 | 4,000米ドル | 153 | 当座預金 612,000 |
| 2029/1/20 | リンファ商事から手付金を受取 | 3,000米ドル | 150 | 前受金 450,000 |
| 2029/2/25 | 上記を含む8,000米ドル分を出荷 | 8,000米ドル | HR 154 | 売上 1,220,000 |
| 2029/3/25 | 残5,000米ドルの入金 | 5,000米ドル | 156 | 当座預金 780,000 |
差額を1件ずつ拾うと、こうなる。
売る側(債権)は円安になると得をし、買う側(債務)は円安になると損をする。 同じ円安が、債権と債務で逆の符号になる。これが外貨建取引でいちばん最初に押さえる非対称だ。
4件目だけ計算が込み入っているので、独立して追う。 1月20日に手付金3,000米ドルを受け取った時点で、みずほ食品の口座には450,000円が入っている。 この450,000円は、もう円になってしまった。相場がその後どう動いても、450,000円は450,000円のままだ。 2月25日に8,000米ドル分の麺を出荷したときの売上は、次のように分かれる。
手付金で受け取り済みの分 3,000米ドル → 450,000円(1/20 の 150円で確定済み)
残りの掛け売り分 5,000米ドル → 770,000円(2/25 の 154円で換算)
売上高 1,220,000円
全部を出荷日の154円で換算すると 8,000 × 154 = 1,232,000円になるが、そうはしない。 差の12,000円は、すでに1月に円で受け取ってしまった分をもう一度換算し直した金額で、実体がない。 そして3月25日に残り5,000米ドルが156円で入金され、770,000円の売掛金に対して780,000円。 差額10,000円が為替差益になる。
historical rate、CR は current rate、FR は forward rate の頭文字。
historical は3級の取得原価(historical cost)と同じ言葉で、
「その出来事が起きた日の事実として記録する」という同じ発想から来ている。7月10日の10,000米ドルの輸出で、1回通す。
一般化すると、決済で確定する為替差損益は 外貨額 ×(決済日レート − 取引日レート) で求まり、 それが債権なら符号そのまま、債務なら符号を逆にする。 債務が逆になるのは、支払う円が増えることが損だからで、理屈は難しくない。
前受金や前払金がからむときだけ、1段増える。
前受金を後から換算し直さないのは、もう円になっているものを、もう一度円に直す意味がないからだ。 前払金も同じで、支払った日に円が出ていった以上、その金額はその日で固定される。
輸出(債権が増える側)
7/10 (借) 売 掛 金 1,450,000 (貸) 売 上 1,450,000
9/20 (借) 当座預金 1,510,000 (貸) 売 掛 金 1,450,000
(貸) 為替差益 60,000
輸入(債務が増える側)
10/ 5 (借) 仕 入 592,000 (貸) 買 掛 金 592,000
12/15 (借) 買 掛 金 592,000 (貸) 当座預金 612,000
(借) 為替差損 20,000
前受金がある輸出
1/20 (借) 当座預金 450,000 (貸) 前 受 金 450,000
2/25 (借) 前 受 金 450,000 (貸) 売 上 1,220,000
(借) 売 掛 金 770,000
3/25 (借) 当座預金 780,000 (貸) 売 掛 金 770,000
(貸) 為替差益 10,000
対抗案1:入金された金額をそのまま売上にする(決済日のレートで売上を立てる)
いちばん自然に見える案で、実際に社長はこれを言った。銀行口座に入った金額が売上、という感覚だ。 壊れるのは売上高そのものになる。みずほ食品の3期目の輸出2件で比べる。
| 5/15の8,000米ドル | 7/10の10,000米ドル | 売上高合計 | |
|---|---|---|---|
| 取引日のレートで計上 | 1,136,000 | 1,450,000 | 2,586,000 |
| 決済日のレートで計上 | 1,176,000 | 1,510,000 | 2,686,000 |
同じ麺を同じ数量、同じドル建て単価で売っているのに、売上高が100,000円変わる。 しかも売上原価は円で仕入れた小麦粉なので動かない。つまり売上総利益率だけが相場で上下する。 売った麺のうち何割が儲けだったのかを見る指標が、為替相場の写しになってしまう。
さらに悪いのは決算をまたいだときで、1月25日に輸出して4月30日に入金される取引があると、 決済日基準では3月31日の時点でその売上金額が確定しない。 期末に売上高が計算できない決算書になり、そもそも締められない。
対抗案2:期中は換算せず、外貨のまま帳簿に持ち、決算でまとめて円に直す
換算の回数が減るので楽に見える。壊れるのは試算表の貸借一致だ。 7月10日の仕訳を「(借) 売掛金 10,000米ドル / (貸) 売上 10,000米ドル」と書いたとする。 同じ月に大垣屋商店へ900,000円の掛け売りもしているので、 売掛金の残高は「10,000米ドルと900,000円」になり、足せない。 現金・当座預金・買掛金にも同じことが起き、貸借が一致しているかを確かめる手段が消える。 3級の試算表が検算できていたのは、すべての科目が同じ単位(円)だったからだ。
【由来】 そもそも帳簿は「1つの単位で測って足し合わせる」ことで意味を持つ道具として発達した。
どの取引もその場で円に直すのは、後の集計を可能にするための約束事で、
複式簿記が5要素の残高を突き合わせられる仕組みを保つための土台になっている。
与信の場面で外貨建取引を扱う会社を見るとき、見る順番は3つある。
1つ目は損益計算書の営業外にある為替差損益の大きさを、経常利益と並べて見る。 経常利益が3,000,000円で、そのうち為替差益が2,000,000円という会社は、 本業では1,000,000円しか稼げていない。相場が逆に振れた年は一気に赤字になる。
2つ目は貸借対照表の外貨建残高で、これは決算書の本表には出てこないので、 注記か決算説明資料か、面談で聞くことになる。 外貨建の売掛金と買掛金が同じくらいの残高であれば、円安でも円高でも損益が相殺されるので、 実質的な為替リスクは小さい。輸出だけの会社は売掛金に偏るので、円高がそのまま効く。
3つ目が為替予約をしているかどうかで、これは次の節の話になる。 予約をしている会社は決算書の為替差損益が小さくなり、その小ささ自体が管理の証拠になることがある。
で、幹の話に戻ると、為替差損益という科目は「本業の外で起きたこと」を隔離するために置かれている。 隔離してあるからこそ、外から読む側は本業の力と相場の運を分けて評価できる。
売掛金の性質は3級とまったく同じで、 「商品を渡したので、後で代金を受け取れる権利」を表す資産だ。 仕訳の形も、貸倒引当金の対象になる点も、正常営業循環基準で流動資産に並ぶ点も変わらない。 違うのは金額が円で固定されていないという1点だけになる。 前受金も同じで、外貨建では 「3,000米ドルを150円で受け取った450,000円」という履歴を持ち、売上の計算にその履歴が使われる。 この「金額が後から動く可能性のあるものをどう載せるか」という問いは、 収益認識の契約資産・返金負債とも同じ場所にある。
で、幹の話に戻ると、外貨建だからといって科目が新しくなるわけではない。 使う科目は3級のままで、そこに換算という一手間が挟まるだけだと考えると見通しがよくなる。
Q. 取引の日のレートといっても、銀行の相場は1日のうちに何度も動く。どの数字を使うのか。 A. 実務では取引日の電信売買相場の仲値(TTM)を使うのが一般的で、 「その日の仲値」「前月末の仲値」など社内の換算方法を決めて継続して使う。 継続して使うことが要点で、都合のよいレートを取引ごとに選べると利益が作れてしまう。 試験では問題文にレートが与えられるので迷う場面は出てこない。 むしろ、与えられたレートが何月何日のものかを読み違えるほうが失点になる。
Q. 円安になって60,000円多く入金されたのなら、それは会社が得をしたということでよいのか。 A. その取引だけを見れば得をしている。ただし同じ年に輸入もしていれば、 そちらでは支払う円が増えて損をしている。みずほ食品の3期目でいえば、 輸出で40,000+60,000+10,000=110,000円の差益、輸入で20,000円の差損で、差引90,000円の益になった。 円安が会社にとって得かどうかは、輸出と輸入のどちらが多いかで決まる。 だから決算書を読むときも、為替差損益の符号だけでなく、どちらに偏った会社かを先に見る。
Q. 為替差損益は営業外なのに、輸出が本業ならおかしくないか。 A. 本業の売上は「麺を渡したこと」で稼いだ1,450,000円のほうで、そこは営業収益に入っている。 為替差益60,000円は、代金を回収するまでの2か月間に相場が動いたことで生じた差額で、 麺を作る力とも売る力とも関係がない。翌年に同じだけ売っても、相場が逆なら差損になる。 毎期繰り返し起きるとは限らないものを本業の利益に混ぜると、 経常利益の段で「来年も同じだけ出そうか」を判断できなくなる。
flowchart TD
A[外貨建の取引が発生] --> B[取引日のレート HR で換算]
B --> C[売上・仕入と債権債務を円で記帳]
C --> D{期中に決済したか}
D -- した --> E[決済日の実額と帳簿価額の差]
E --> F[為替差損益<br/>営業外]
D -- しない --> G[決算日の換算へ<br/>boki2-ch08-s02]
C -.前受金・前払金は動かさない.-> H[受取・支払った日の円額で固定]
F --> I[損益計算書の営業外<br/>boki2-ch01-s02]
C -.科目そのものは3級と同じ.-> J[売掛金・買掛金<br/>boki3-ch04-s02]
3月31日の夜、七海の手元には決済の済んでいないドル建ての伝票が3枚残っていた。 1月25日に輸出した8,000米ドル(入金は4月30日)、 1月30日に輸入した2,000米ドル(支払は5月20日)、 そして2月10日に輸出した5,000米ドル(入金は5月31日)。 決算日の相場は1米ドル157円だった。
七海の疑問はこうだった。「まだ1円も入っていないし、1円も払っていない。 決済していないのに、なぜ損益が出るのか」。
【要請】 決算日にやることは、その日時点の財政状態を円で示すことだった。
1月25日に立てた売掛金は、152円で換算して1,216,000円と帳簿に載っている。
だが3月31日時点で、この債権が生む円は8,000 × 157 = 1,256,000円だ。
1,216,000円と書いた貸借対照表を銀行に出せば、回収できる金額を40,000円少なく伝えることになる。
逆に円高に振れていれば、回収できない金額を多く見せることになる。
決算書は期末時点の財産の大きさを伝えるための書類なので、期末の相場で測り直す。
【必然】 そして、測り直したら差が出る。売掛金を40,000円増やせば、負債は増えていないので純資産が40,000円増える。
その増え方を「出資でも配当でもない、この期に生じたもの」として説明するには、
損益計算書を通すしかない。だから換算差額は当期の為替差損益になる。
ただし、期末に換算し直すものと、しないものがある。ここがこの節の山になる。 1月20日に受け取った前受金や、輸入した包装資材の在庫は、期末に換算し直さない。 分ける基準は「貨幣項目かどうか」で、覚え方の取っ掛かりは 「ドルで金額が決まっているものだけ、円が動く」。
決算日レート(CR)は1米ドル157円。期末に残っていた外貨がらみの残高を全部並べる。
| 期末に残っている項目 | 外貨額 | 帳簿価額(HRなど) | 貨幣/非貨幣 | CRで換算 | 差額 |
|---|---|---|---|---|---|
| 売掛金(1/25 輸出・予約なし) | 8,000米ドル | 1,216,000(HR 152) | 貨幣 | 1,256,000 | +40,000 差益 |
| 買掛金(1/30 輸入・予約なし) | 2,000米ドル | 304,000(HR 152) | 貨幣 | 314,000 | △10,000 差損 |
| 売掛金(2/10 輸出・為替予約あり) | 5,000米ドル | 755,000(FR 151) | 貨幣だが予約で固定 | 換算しない | 0 |
| 商品(輸入した包装資材の在庫) | — | 148,000(HR 148) | 非貨幣 | 換算しない | 0 |
決算整理で計上する為替差損益は 40,000 − 10,000 = 為替差益 30,000円。
売掛金と買掛金が同じ152円で記帳され、同じ157円で換算されているのに、 片方が益で片方が損になっている点を確かめてほしい。 受け取る権利は円安で膨らみ、支払う義務も円安で膨らむ。膨らむ向きは同じで、 自分にとっての意味が逆になるだけだ。
ここで、3期目の為替差損益を全部足してみる。
決済で確定した分(前節) 40,000 + 60,000 - 20,000 + 10,000 = + 90,000
決算で計上した分(本節) 40,000 - 10,000 = + 30,000
合計 +120,000
第1章で見た3期目の損益計算書の営業外収益に「為替差益 120,000」と載っていたのは、 この合計だった。1年分の差益と差損を相殺した純額で1行にまとめて表示する。
monetary items と non-monetary items と呼ばれ、
「金額が貨幣単位で固定されているか」が基準になっている点は日本語も同じ。forward exchange contract。
forward は「先の」で、受渡しが先の日付になる取引を指す。相場の世界では、
今すぐ受け渡す取引を直物(じきもの)、先の日付で受け渡す取引を先物(さきもの)と呼び分ける。決算整理を、みずほ食品の3月31日で1回通す。
一般化すると、決算整理で計上する額は 貨幣項目の外貨額 ×(決算日レート − 帳簿に使ったレート) を、債権はそのまま、債務は符号を逆にして合計したもの。 非貨幣項目と予約を振り当てた項目は、この計算に入らない。
為替予約を振り当てる側の手順は、もっと短い。
決算整理(予約なしの貨幣項目)
3/31 (借) 売 掛 金 40,000 (貸) 為替差益 40,000
3/31 (借) 為替差損 10,000 (貸) 買 掛 金 10,000
為替予約を取引時に振り当てた輸出
2/10 (借) 売 掛 金 755,000 (貸) 売 上 755,000
3/31 仕訳なし(予約レートで固定済み)
5/31 (借) 当座預金 755,000 (貸) 売 掛 金 755,000
翌期の決済(予約なしだった1/25の輸出。4/30 のレートは159円)
4/30 (借) 当座預金 1,272,000 (貸) 売 掛 金 1,256,000
(貸) 為替差益 16,000
「銀行と為替の契約を結んだ」と聞くと、相場を張っているように見えることがある。 だが為替予約は逆で、相場を張るのをやめるための契約になる。
みずほ食品の1月25日の輸出(8,000米ドル)は、予約をしなかったので期末に40,000円の差益が出た。 これは運がよかっただけで、相場が147円まで円高に振れていれば 8,000 ×(147 − 152)= △40,000円の差損だった。 予約をしていれば、どちらにも振れない。上振れの40,000円を捨てる代わりに、 下振れの40,000円を消している。利益を増やす道具ではなく、幅を消す道具だ。
だから稟議や与信の場面では、「予約をしているから安全」ではなく 「予約をしているので、来期の円ベースの入金額はここで確定している」と書くほうが正確になる。 資金繰り表の入金予定額が動かないこと自体が、返済原資の確からしさになる。 逆に、実際の輸出額を超える予約を結んでいる会社は超過分が投機になるので、そこは分けて見る。
で、幹の話に戻ると、振当処理が決算日に換算替えをしないのは、 この「幅を消した」という事実を帳簿にそのまま映すためだ。 円額が動かないと約束したものを、帳簿の上だけ動かしたら、契約と帳簿が別のことを言い出す。
2月10日の直物レートは153円だったのに、5月31日受渡しの予約レートは151円だった。 先の日付のほうが円高になっている。銀行が円高を予想しているからではない。
先物のレートは、2つの通貨の金利差からほぼ機械的に決まる。 米ドルの利回りが円より高ければ、「今ドルを持っている人」はその期間だけ多く利息を稼げる。 その有利さを打ち消すように、先の日付のドルは今より安く値付けされる。 逆に円の金利のほうが高ければ、先物のドルは今より高くなる。 この関係は金利平価と呼ばれ、相場観ではなく裁定によって保たれている。
同じ発想は第4章の債券にも出てきた。 額面1,000,000円の社債が970,000円で売られていたのは値引きではなく、 クーポンが世の中の金利より低いことの埋め合わせだった。 金利差は、価格差の形で必ずどこかに現れるという点で、償却原価法と先物レートは同じ景色を見ている。
で、幹の話に戻ると、予約レートが今のレートと違っていても、 それは損でも得でもない。予約を付けた瞬間に受け取る円が決まる、という一点だけが帳簿に効く。
対抗案1:決済していないのだから、決算では何もしない(取引日のレートのまま置く)
手間はゼロで、決済したときにまとめて差額を出せばよい、という考え方だ。 壊れるのは貸借対照表のほうで、1月25日の売掛金8,000米ドルで見る。
| 期末の相場 | 帳簿に載る金額(換算しない場合) | 実際に回収できる見込み額 | ズレ |
|---|---|---|---|
| 157円(実際) | 1,216,000 | 1,256,000 | 40,000 少なく表示 |
| 130円まで円高 | 1,216,000 | 1,040,000 | 176,000 多く表示 |
円安のときは財産を少なく見せるだけだが、円高のときは回収できない176,000円を資産に載せたままになる。 外から決算書を読む側は、売掛金1,216,000円が回収できると思って与信を判断する。 実際に入るのは1,040,000円で、その差は翌期に為替差損として突然現れる。 期末にすでに存在している事実を、帳簿が1年遅れで報告することになり、 輸出が続くかぎりこの遅れは毎期積み上がる。
対抗案2:為替予約を振り当てた売掛金も、期末に決算日レートで換算し直す
扱いを揃えるほうが分かりやすい、という理屈は成り立つ。壊れるのは翌期の数字だ。 2月10日の売掛金5,000米ドルを157円で換算すると 5,000 × 157 = 785,000円。 帳簿の755,000円との差30,000円が為替差益として3期目の利益に乗る。
ところが5月31日には、予約どおり151円で決済されるので、入るのは755,000円ちょうどだ。 帳簿の785,000円を消して755,000円が入れば、必ず30,000円の為替差損が4期目に出る。 3期目に30,000円の益、4期目に30,000円の損。合計はゼロなのに、期をまたいで打ち消し合うだけの 損益が2年分の決算書に現れる。しかも4期目の損は、相場が動いたから出たのではなく、 3期目に立てた益を戻しているだけで、読み手には区別がつかない。 予約を結んだ目的は「円額を動かさないこと」だったのに、契約と帳簿が別の話を語り出す。
Q. 為替予約をしたのに、直物より2円安いレートで売上を立てるのは損ではないのか。 A. 損得の比較対象を取り違えている。2月10日に比べられるのは 「151円で確定させる」か「決済日まで相場に任せる」かの2つだけで、 153円で受け取れる選択肢は最初から存在しない。直物の153円は今日ドルを売れば得られるレートで、 5月31日に入るドルには使えないからだ。 結果として5月31日の相場が160円なら予約は不利に見え、145円なら有利に見えるが、 それは事後の話で、2月10日の判断としてはどちらに転んでも755,000円という確実さを買っている。
Q. 決算で換算した売掛金は、その他有価証券のように翌期首に振り戻さなくてよいのか。 A. 振り戻さない。ここは意識して分けて覚える価値がある。 その他有価証券の評価差額を振り戻すのは、 翌期末に取得原価と時価を比べ直す必要があるからだった。 外貨建金銭債権債務にはその必要がない。決算日レートで換算した1,256,000円は、 「3月31日時点で、この債権が生む円はこれだけ」という更新された事実で、 翌期はここを出発点にして決済日までの動きを測ればよい。 実際、4月30日に159円で入金されれば為替差益は16,000円だけになり、 1年目と2年目の差益を足すと 40,000 + 16,000 = 56,000円で、 取引日の152円から決済日の159円までの 8,000 × 7 = 56,000円とぴったり一致する。
Q. 取引した後になってから為替予約を結んだ場合はどうなるのか。 A. その場合は差額が2つに分かれる。1月25日に152円で立てた売掛金8,000米ドルについて、 2月10日(直物153円)に予約レート151円で予約を結んだとする。 取引日の152円と予約日の直物153円の差(1円 × 8,000 = 8,000円)は、 予約を結ぶまでに実際に相場が動いた分なので当期の為替差損益にし、 予約日の直物153円と予約レート151円の差(2円 × 8,000 = 16,000円)は、 金利差から来る先物特有の差なので決済日までの期間に配分する。 前者を直々差額、後者を直先差額と呼ぶ。2級で中心に問われるのは 取引と同時に予約を付ける形なので、まずそちらを固めてから、この分解を足せばよい。
flowchart TD
A[決算日に残っている外貨建の項目] --> B{貨幣項目か}
B -- いいえ<br/>商品・前受金・前払金 --> C[換算しない<br/>取引時の円額のまま]
B -- はい --> D{為替予約を振り当てたか}
D -- はい --> E[振当処理<br/>予約レートで固定<br/>換算しない]
D -- いいえ --> F[決算日レート CR で換算]
F --> G[帳簿価額との差を為替差損益へ]
G --> H[損益計算書の営業外<br/>boki2-ch01-s02]
F --> I[換算後の額が翌期の帳簿価額<br/>振り戻さない]
E -.円額が動かないので.-> J[資金繰りが読める<br/>与信の材料]
G -.見積りではなく相場で測り直す.-> K[税効果の一時差異<br/>boki2-ch09-s01]
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