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第10章 試算表 — 帳簿が壊れていないかを確かめる

boki3-ch10 / 幹 約32分・枝 約15分

第2章で、七海は4月の取引を仕訳帳に書き、 そこから現金・売掛金・備品・買掛金といった勘定口座へ1本ずつ転記した。 仕訳が7件、転記した行はその倍近くある。

ここで、まだ確かめていないことが1つ残っている。 転記が全部正しく終わったかどうか、誰も見ていない。

仕訳を書く段階では、借方と貸方が一致していることをその場で確認できる。 第1章で見たとおり、1つの取引を原因と結果の両面から書いているので、 左右が合わないほうがおかしい。 問題は転記のほうだ。仕訳帳から総勘定元帳へ書き写す作業は、 1件の仕訳につき2行以上を、別々のページへ手で移す作業になる。 1行飛ばす、金額の桁を間違える、借方と貸方を逆に書く。どれも起こる。

しかも、転記を間違えてもその場では何も起こらない。 現金勘定に400,000円を書き忘れても、帳簿は静かに次の日を迎える。 気づくのは、決算で数字が合わなくなったときか、 銀行の残高証明と突き合わせたときになる。半年前の1行を探すことになる。

だから、決算を待たずに定期的に「転記がちゃんと済んでいるか」を確かめる。 その確認のために作る一覧表が試算表だ。 この章で扱うのは、その試算表が何を検算していて、何を検算していないのかという一点になる。

小話:合計の合計 — パチョーリの時代の締め方

複式簿記を活字にした1494年のルカ・パチョーリの著書には、 帳簿の締め方についてかなり具体的な手順が書かれている。 そのなかに、元帳のすべての勘定の借方合計と貸方合計を別紙に書き出し、 両者が一致することを確かめる作業が出てくる。 この別紙が summa summarum、すなわち「合計の合計」と呼ばれた。

なぜこの作業が必要だったのかというと、当時の帳簿は当然すべて手書きで、 しかも元帳のページが埋まると新しい帳簿へ全部を書き写す必要があったからだ。 書き写しのたびに転記の誤りが混入する。 そこで、古い帳簿を閉じる前に必ず合計を突き合わせ、 一致しなければ書き写しをやり直す、という運用になっていた。

面白いのは、パチョーリが「一致しないときは腹を立てず、 落ち着いて仕訳帳から順に照合しなさい」といった趣旨のことまで書いている点だ。 差額を適当な科目で埋めるのではなく、原因が見つかるまで戻る。 500年前から、試算表が合わないときにやるべきことは変わっていない。

いまの会計ソフトでは転記の誤りそのものが起きないので、 summa summarum の役割は薄れた。それでも試算表という表が残っているのは、 検算としての役割の外に、期中の状態を1枚で見渡せるという価値があるからになる。

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小話:差額が9で割り切れるとき、何が起きているのか

試算表の差額が9の倍数なら桁の入れ替えを疑え、という経験則がある。 これは経験則というより、数の性質から出てくる。

たとえば540,000円と書くべきところを450,000円と書いたとする。差は90,000円。 120,000円を書くべきところを210,000円と書けば差は90,000円。 1,200,000円を120,000円と1桁落とせば差は1,080,000円で、これも9の倍数になる。

理由は10進法の作りにある。ある数字を10倍すると値は9倍だけ増える (100 → 1,000 なら差は900で、もとの数の9倍)。 桁をずらす、隣り合う桁を入れ替える、といった操作はすべて 「ある桁の数字を10倍したり10分の1にしたりする」ことの組み合わせになるので、 生じる差は必ず9の倍数になる。

だから手書きの帳簿で試算表が合わないとき、差額を9で割ってみる。 割り切れたら桁の書き間違いか並べ替えを探し、 割り切れなければ転記漏れや集計の足し算を疑う。 差額を2で割った金額が仕訳の中に見つかれば、貸借を逆に転記した可能性が高い。

3級の試験では試算表を「作る」問題が出るので、この探し方を直接使う場面は少ない。 ただし自分の答えが合わないとき、どこを見直すかを差額から絞るのには使える。 端から全部を見直すより速い。

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試算表が検算しているもの(3種類の使い分け)

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4月30日、七海は総勘定元帳を開いて、勘定口座を1つずつ見ていた。 現金、売掛金、備品、買掛金、借入金、資本金、売上、仕入、支払家賃。全部で9つ。 それぞれに借方と貸方の金額が並んでいる。

このとき七海がやったのは、9つの口座の借方の金額を全部足し、貸方の金額を全部足すという作業だった。 足した結果は、借方も貸方も8,000,000円だった。

【必然】 この2つが一致するのは偶然ではない。 仕訳は必ず借方と貸方が同額で書かれている。 その仕訳を1本残らず総勘定元帳へ書き写したなら、 元帳全体の借方の合計と貸方の合計も、当然一致する。 仕訳の段階で左右が揃っているものを、右へ左へ配っただけだからだ。

逆に言えば、一致しなければ配る途中で何かが壊れている。 これが試算表の原理になる。覚え方の取っ掛かりは 「仕訳で合っていたものが、転記後も合っているかを見る」。

七海はもう1つ、別の足し方も試した。 9つの口座それぞれについて、借方合計と貸方合計の差(残高)を出し、 その残高だけを並べて合計する。こちらも借方6,200,000円、貸方6,200,000円で一致した。

同じ帳簿から2通りの一覧が作れることになる。 すべての金額を足した表を合計試算表、残高だけを並べた表を残高試算表という。 そして両方を1枚に並べたものが合計残高試算表になる。

【要請】 3つあるのは、知りたいことが場面によって違うからだ。 「この口座を今月いくら使ったか」を知りたいなら合計のほうがいい。 現金勘定の借方合計5,500,000円・貸方合計1,600,000円を見れば、 4月に現金がいくら入っていくら出たかが読める。 一方で「いま現金はいくらあるか」を知りたいなら残高の3,900,000円だけでいい。 貸借対照表や損益計算書に載せるのも残高のほうになる。

🌿 由来枝 — trial balance の trial は「試し」(約4分)

試算表は英語で trial balance という。 trial は「試し・試験的な」で、balance は釣り合い。 つまり「試しに釣り合いを取ってみる表」で、日本語の「試算表」はほぼ直訳になっている。 「試」の字が入っているのは、これが最終的な報告書ではなく、途中の確認作業だという位置づけを表している。

複式簿記が活字になった1494年のルカ・パチョーリの本にも、 帳簿を締める前に借方の合計と貸方の合計を突き合わせる手続きが書かれている。 当時は summa summarum(合計の合計)と呼ばれた。 紙とペンで何百行も転記していた時代、 転記漏れを決算まで気づかずにいると、探す範囲が1年分になってしまう。 だから月に一度、あるいは週に一度、合計だけを突き合わせておく。

※覚え方として、試算表は「帳簿の健康診断」だと思っておくとよい。 診断で異常が出れば精密検査に進むし、異常が出なくても病気が無いとは限らない。 この「異常が出なくても安心ではない」という性質が、 この節の後半で扱う「試算表では見つからない誤り」につながっていく。

で、幹の話に戻ると、試算表は完成した報告書ではなく、 決算という本番の前に試しに帳尻を見てみるための中間の表になる。

🔧 実務枝 — 月次試算表は、期中に銀行へ出す唯一の成績表になる(約6分)

決算書ができるのは、決算日から2〜3か月後になる。 つまり3月決算の会社なら、5月や6月まで「その期の成績」を示す書類が存在しない。 ところが融資の申込みや条件の見直しは、期の途中で起きる。

そこで使われるのが月次試算表だ。 「直近の試算表を出してください」と言われるのは、 決算書が出るまでのあいだ、その会社の今期の状況を示す唯一の資料がそれだからになる。

見る側は、まず前年同月の試算表と並べる。 売上が前年同月比でどう動いたか、仕入と売上の比率が変わっていないか、 売掛金や在庫が膨らんでいないか。 決算書と違って月次試算表は決算整理をしていないので、 減価償却費や貸倒引当金繰入が入っていない。 そのぶん利益は大きめに出る。読む側はそれを承知で、 年間の償却見込み額を頭の中で引きながら見る。

逆に、月次試算表を出せない会社もある。 記帳を年に一度まとめてやっている場合で、期中はそもそも数字が無い。 試算表が毎月出てくるかどうかは、その会社の管理体制を示す情報にもなる。

で、幹の話に戻ると、試算表は社内の検算道具として生まれたものだが、 実務では期中に外へ見せる数字としても使われている。 だから金額が合っているかだけでなく、毎月きちんと作れているかが問われる。

具体例:4月末の3種類の試算表

第2章の4月の7件を、そのまま集計する。まず総勘定元帳の各口座はこうなっている。

勘定 借方に書かれた金額 貸方に書かれた金額
現金 3,000,000 / 2,000,000 / 500,000 1,200,000 / 200,000 / 200,000
売掛金 400,000 —
備品 1,200,000 —
買掛金 200,000 500,000
借入金 — 2,000,000
資本金 — 3,000,000
売上 — 900,000
仕入 500,000 —
支払家賃 200,000 —

① 合計試算表(各口座の借方合計・貸方合計をそのまま並べる)

借方合計 勘定科目 貸方合計
5,500,000 現金 1,600,000
400,000 売掛金 —
1,200,000 備品 —
200,000 買掛金 500,000
— 借入金 2,000,000
— 資本金 3,000,000
— 売上 900,000
500,000 仕入 —
200,000 支払家賃 —
8,000,000 合計 8,000,000

② 残高試算表(借方合計と貸方合計の差だけを、多いほうの側に書く)

借方残高 勘定科目 貸方残高
3,900,000 現金
400,000 売掛金
1,200,000 備品
買掛金 300,000
借入金 2,000,000
資本金 3,000,000
売上 900,000
500,000 仕入
200,000 支払家賃
6,200,000 合計 6,200,000

③ 合計残高試算表(①と②を1枚にまとめる)

借方残高 借方合計 勘定科目 貸方合計 貸方残高
3,900,000 5,500,000 現金 1,600,000
400,000 400,000 売掛金 —
1,200,000 1,200,000 備品 —
200,000 買掛金 500,000 300,000
— 借入金 2,000,000 2,000,000
— 資本金 3,000,000 3,000,000
— 売上 900,000 900,000
500,000 500,000 仕入 —
200,000 200,000 支払家賃 —
6,200,000 8,000,000 合計 8,000,000 6,200,000

3枚とも同じ帳簿から作られていて、内側の2列(合計)と外側の2列(残高)がそれぞれ一致する。 合計試算表の8,000,000円と残高試算表の6,200,000円が違うのは、 差の1,800,000円が現金と買掛金で相殺された分(現金1,600,000 + 買掛金200,000)だからだ。

なお、残高試算表を見ると第1章の2枚の原型がすでに見えている。 上の5つ(現金・売掛金・備品・買掛金・借入金・資本金)が貸借対照表へ、 下の3つ(売上・仕入・支払家賃)が損益計算書へ向かう。 試算表は、決算書に至る途中の姿でもある。

用語カード

用語カード:試算表 term:shisanhyo

手順

4月末の残高試算表を作る流れで1回通す。

  1. 総勘定元帳の勘定口座を、順番に開く。 資産・負債・純資産・収益・費用の順に並べておくと、 あとで決算書へ移すときに楽になる。
  2. 1つの口座について、借方に書かれた金額を全部足す。 現金なら 3,000,000 + 2,000,000 + 500,000 = 5,500,000。
  3. 同じ口座の貸方も全部足す。 現金なら 1,200,000 + 200,000 + 200,000 = 1,600,000。
  4. 差を取り、多いほうの側に書く。 5,500,000 − 1,600,000 = 3,900,000 を借方に。
  5. すべての口座で2〜4を繰り返し、最後に借方の列と貸方の列をそれぞれ合計する。
  6. 2つの合計が一致すれば、少なくとも転記の左右は崩れていない。

合計試算表を作るなら4を飛ばして、2と3の数字をそのまま並べる。 合計残高試算表なら両方を並べる。作業そのものは1つで、どこまで書くかだけが違う。

一般化すると、試算表は **「総勘定元帳のすべての勘定について、借方と貸方をそれぞれ集計して並べた一覧」**になる。 この定義に「一致する」という条件が入っていないことに注意したい。 一致するかどうかは作った結果として分かることで、 一致させるために数字を動かす表ではない。合わないときは元帳か仕訳に戻る。

仕訳の型

試算表そのものには仕訳がない。帳簿を集計しただけの表なので、 新しい取引を記録しているわけではないからだ。 確かめておきたいのは、どの仕訳が試算表のどこに現れるかという対応関係になる。

4/12 (借) 現   金 500,000   (貸) 売   上 900,000
     (借) 売 掛 金 400,000
       ↓ 転記
     現金の借方に 500,000/売掛金の借方に 400,000/売上の貸方に 900,000
       ↓ 集計
     合計試算表:現金の借方合計に +500,000、売掛金の借方合計に +400,000、
                 売上の貸方合計に +900,000

なぜ他ではダメなのか

対抗案1:試算表を作らず、決算のときにまとめて確かめる

作業の回数は減る。1年に1回で済む。壊れるのは間違いを探す手間のほうだ。

みずほ食品の1期目で、4月12日の売掛金400,000円の転記を1行落としたとする。

毎月作る 決算だけ作る
ずれに気づく時期 4月30日 翌年3月31日
探す範囲 4月の仕訳 7件 1年分の仕訳(数百件)
元の資料が手元にあるか 請求書も記憶もある 11か月前の書類を探す
ずれの原因が1つか ほぼ1つ 複数のずれが打ち消し合う可能性

いちばん厄介なのが最後の行になる。 1年分ためると、借方を400,000円落とした誤りと、貸方を400,000円落とした誤りが同時に存在して、 試算表が一致してしまうことがある。左右は合っているのに、両方の数字が間違っている状態だ。 この状態は試算表では絶対に見つからない。 月次で作っていれば、それぞれの月で別々に検出できた。

対抗案2:残高試算表だけを作り、合計試算表は作らない

決算書に載せるのは残高なので、残高さえ合っていればよさそうに見える。 実際、実務では残高試算表(または合計残高試算表)を使うことが多い。 それでも合計の情報を捨てると読めなくなるものがある。

みずほ食品の4月の現金で比べる。

合計が分かる場合 残高だけの場合
現金の借方合計 5,500,000 分からない
現金の貸方合計 1,600,000 分からない
現金の残高 3,900,000 3,900,000
4月に現金がいくら動いたか 読める 読めない

残高3,900,000円という数字は、 「5,500,000円入って1,600,000円出た」結果としても、 「3,900,000円入って1円も出ていない」結果としても、同じ3,900,000円になる。 現金がどれだけ動いたかは、資金繰りを見るうえでは残高より重要になる場面がある。 また、転記漏れを探すときも、合計の側にずれが出ているのか 残高の計算を間違えたのかで、探す場所が変わる。 合計残高試算表が1枚に両方を載せているのは、この2つを同時に見たいからだ。

よくある間違い

ここで引っかかるはず

Q. 仕訳の段階で借方と貸方が一致しているなら、転記しても一致するのは当たり前ではないか。試算表を作る意味は。 A. 一致するのは「正しく転記できたなら」という条件付きになる。 転記は手作業なので、1行落とす・金額の桁を間違える・別の口座に書く、といったことが起きる。 試算表がやっているのは、その条件が本当に満たされているかを確かめることだ。 一致していれば、少なくとも「借方だけ、または貸方だけを落とした」種類の誤りは無いと分かる。 当たり前のことを毎回確かめるのが検算という作業で、 当たり前が崩れる場所を特定するために存在している。

Q. 会計ソフトを使えば転記は自動なので、試算表は要らないのではないか。 A. 転記のミスは確かに起きなくなる。それでも試算表は作る。 理由は2つあって、1つは入力そのものの誤りは自動化では防げないから。 科目を選び間違える、金額を1桁多く打つ、日付を翌月にする、といった誤りは残る。 これらは左右が一致したままなので試算表では見つからないが、 毎月の試算表を前月と並べれば、金額の飛び方で気づけることが多い。 もう1つは、試算表が期中の成績表として外に出る書類になっているからだ。 検算の道具としての役割より、こちらのほうが実務では大きい。

Q. 3種類のうち、試験ではどれが出るのか。 A. 合計試算表・残高試算表・合計残高試算表のいずれも出題されうる。 形が違うだけで作業は同じなので、どれを聞かれても元帳の集計から始めるという順番を守れば対応できる。 むしろ差が付くのは、問題文が「前月末の合計試算表」と「当月の取引」を与えて 「当月末の合計試算表を作れ」という形になったときだ。 前月末の数字に当月分を足すのか、当月分だけを集計するのかを読み違えると全部ずれる。 そちらは次の節で正面から扱う。

関連マップ

flowchart LR
  A[仕訳帳<br/>boki3-ch02-s01] --> B[総勘定元帳<br/>boki3-ch02-s02]
  B --> C[試算表<br/>boki3-ch10-s01]
  C --> D{左右が一致するか}
  D -- しない --> E[転記・集計を探す<br/>boki3-ch10-s02]
  D -- する --> F[決算整理へ<br/>boki3-ch12-s01]
  F --> G[精算表<br/>boki3-ch12-s03]
  C -.期中に外へ.-> H[月次試算表]

試算表を作る手順(取引の集計)

boki3-ch10-s02 / 幹 17分・枝 8分

5月31日、七海は2回目の試算表を作ることにした。 4月末に作った表があるので、今度は最初からやり直す必要はない。 4月末の合計試算表に、5月に起きた取引を足していけばよい。

このやり方が成り立つのは、合計試算表が「各勘定の借方に書かれた金額の総和」を並べた表だからだ。 5月の取引を転記すれば、その分だけ各勘定の借方合計・貸方合計が増える。 表の作り直しではなく、足し算の続きになる。

【必然】 ここで気をつけることが1つある。 足せるのは合計試算表であって、残高試算表ではない。 残高は借方合計と貸方合計の差なので、5月の取引を足したあとで もう一度差を取り直さないと正しい残高にならない。 4月末の現金残高3,900,000円に5月の入金400,000円を足すだけなら合うが、 売掛金のように借方と貸方の両方が動く勘定では、 残高に直接足し引きしていくと途中で符号を間違えやすい。 合計の欄で足してから、最後に差を取る。この順番が事故を減らす。

【要請】 そしてもう1つ、この章のいちばん大事な話がある。 試算表が一致しても、帳簿が正しいとは限らない。 試算表が検算しているのは「借方の総額と貸方の総額が揃っているか」だけで、 その中身が正しいかは何も見ていない。 だから、左右が揃ったまま成立してしまう誤りは、この表を何度作っても見つからない。

覚え方の取っ掛かりは「試算表は片側だけのミスを捕まえる網」。 両側が同じだけ狂っている誤りは、網の目をそのまま通り抜ける。

🔗 隣枝 — 試算表で見つからない誤りは、精算表でも見つからない(約5分)

両側が同じだけ狂う誤りは、試算表の左右を崩さない。 同じ理由で、精算表の左右も崩さない(第12章)。 貸借対照表も釣り合ったまま完成する。 つまり、帳簿の中の検算だけでは、この種の誤りは最後まで見つからない。

では実務でどうやって見つけているかというと、帳簿の外にある資料と突き合わせる。 現金なら金庫の実際有高と照らす(第3章の現金過不足)。 当座預金なら銀行の残高証明と照らす。 売掛金なら得意先元帳の各社の残高を合計して、総勘定元帳の売掛金勘定と照らす。 商品なら実地棚卸をして数える(第12章)。

この「帳簿の中の数字を、帳簿の外の事実と突き合わせる」作業を、 決算では必ず通る。決算整理が単なる計算作業ではなく、 現物を数えたり残高証明を取り寄せたりする作業から始まるのは、このためだ。

で、幹の話に戻ると、試算表は転記の検算としては強力だが、 それだけでは足りない。試算表で見つかる誤りと見つからない誤りを分けて覚えることが、 この節の到達点になる。

🔧 実務枝 — ずれた金額の桁を見ると、原因の見当が付く(約5分)

試算表の左右が合わないとき、実務ではずれた金額そのものを手がかりにする。 経験則として次のような当たりの付け方がある。

差額がそのまま仕訳の1行分の金額に見えるなら、その行の転記漏れを疑う。 みずほ食品で借方が400,000円足りなければ、4月12日の売掛金400,000円がまず候補になる。

差額が偶数で、その半分にあたる金額が仕訳の中にあるなら、 貸借を逆に転記した可能性が高い。 400,000円を借方でなく貸方に書けば、借方が400,000円少なく、貸方が400,000円多くなり、 差は800,000円になる。だから差額を2で割った数字を探す。

差額が9で割り切れるなら、桁の入れ替えを疑う。 540,000円を450,000円と書けば差は90,000円で9の倍数、 120,000円を12,000円と書けば差は108,000円でこれも9の倍数になる。 数字を並べ替えたり桁をずらしたりすると、差が必ず9の倍数になるという性質がある。

差額が同じ金額の2倍でも9の倍数でもなく、しかも小さいなら、集計の足し算そのものを疑う。

会計ソフトを使っていれば転記漏れは起きないので、 この探し方が要るのは手書きの帳簿か、試験の問題を解くときに限られる。 それでも、差額の形から原因を絞るという発想自体は、 残高証明との突合や在庫のずれを追う場面でそのまま使える。

で、幹の話に戻ると、試算表が合わないときは端から見直すのではなく、 差額を見て探す場所を絞る。合計の欄と残高の欄のどちらでずれているかも、同じ手がかりになる。

具体例:5月末の合計残高試算表を作る

第2章で見た5月の掛け取引3件を、4月末の合計試算表に足していく。 (5月にはほかにも取引があるが、ここでは集計のやり方を追うために、 売掛金と売上に関わる3件だけを取り上げる。)

日付 取引 仕訳
5/9 大垣屋商店へ掛け売り 500,000 (借) 売掛金 500,000 / (貸) 売上 500,000
5/15 揖斐川フーズへ掛け売り 250,000 (借) 売掛金 250,000 / (貸) 売上 250,000
5/25 大垣屋商店から現金で回収 400,000 (借) 現金 400,000 / (貸) 売掛金 400,000

3件が動かす勘定は、現金・売掛金・売上の3つだけになる。 それ以外の勘定(備品・買掛金・借入金・資本金・仕入・支払家賃)は、4月末の数字のまま動かない。

5月末の合計残高試算表

借方残高 借方合計 勘定科目 貸方合計 貸方残高
4,300,000 5,900,000 現金 1,600,000
750,000 1,150,000 売掛金 400,000
1,200,000 1,200,000 備品 —
200,000 買掛金 500,000 300,000
— 借入金 2,000,000 2,000,000
— 資本金 3,000,000 3,000,000
— 売上 1,650,000 1,650,000
500,000 500,000 仕入 —
200,000 200,000 支払家賃 —
6,950,000 9,150,000 合計 9,150,000 6,950,000

動いた3つの勘定だけを取り出すと、こうなっている。

勘定 4月末の借方合計 5月の増加 5月末の借方合計 4月末の貸方合計 5月の増加 5月末の貸方合計
現金 5,500,000 +400,000 5,900,000 1,600,000 0 1,600,000
売掛金 400,000 +750,000 1,150,000 — +400,000 400,000
売上 — 0 — 900,000 +750,000 1,650,000

売掛金に注目してほしい。5月に借方へ750,000円、貸方へ400,000円が加わっている。 残高は 1,150,000 − 400,000 = 750,000円。 4月末の残高400,000円に対して、500,000 + 250,000 − 400,000 = 350,000円だけ増えた形になる。 合計の欄で足してから差を取るという順番で計算すれば、 増減を1つずつ足し引きする必要がない。

用語カード

用語カード:合計残高試算表 term:goukeizandakashisanhyo

手順

「前月末の合計試算表」と「当月の取引」から「当月末の合計残高試算表」を作る、 という試験でいちばん出やすい形で1回通す。

  1. 当月の取引を、全部仕訳する。 5月の3件なら、売掛金・売上・現金だけが動く。 ここを飛ばして直接集計しようとすると、必ずどこかが抜ける。
  2. 勘定ごとに、当月の借方合計と貸方合計を出す。 売掛金なら借方 500,000 + 250,000 = 750,000、貸方 400,000。
  3. 前月末の合計試算表の数字に、2で出した金額を足す。 売掛金の借方は 400,000 + 750,000 = 1,150,000、貸方は 0 + 400,000 = 400,000。
  4. すべての勘定について3を終えたら、借方合計の列と貸方合計の列をそれぞれ足す。 9,150,000円と9,150,000円で一致する。ここが合わなければ先へ進まない。
  5. 各勘定の借方合計と貸方合計の差を取り、残高の欄に書く。 売掛金なら 1,150,000 − 400,000 = 750,000 を借方残高に。
  6. 残高の列もそれぞれ足して、一致するか確かめる。 6,950,000円と6,950,000円。

一般化すると、当月末の合計 = 前月末の合計 + 当月の発生額、 残高 = 借方合計 − 貸方合計(差が出た側に書く)。

順番を「合計を出してから残高」に固定するのが要点になる。 残高を直接足し引きしようとすると、売掛金のように両側が動く勘定で符号を間違える。 なお、問題文が「前月末の残高試算表」を与えてくる場合もある。 そのときは残高しか分からないので合計は復元できない。 与えられた表の種類を最初に確かめるのが、この問題の本当の入口になる。

仕訳の型

集計の途中で起こる典型的なずれを、仕訳の形で確かめておく。

正しい転記
5/9 (借) 売 掛 金 500,000   (貸) 売   上 500,000
     → 売掛金の借方合計 +500,000、売上の貸方合計 +500,000(差は動かない)

誤り① 借方だけ転記漏れ
     → 売掛金の借方合計 +0、売上の貸方合計 +500,000
     → 試算表の貸方が 500,000 多い(見つかる)

誤り② 貸借を逆に転記
     → 売掛金の貸方合計 +500,000、売上の借方合計 +500,000
     → 左右の合計は一致したまま(見つからない)

誤り③ 両方を 50,000 と書いた
     → 売掛金の借方 +50,000、売上の貸方 +50,000
     → 左右の合計は一致したまま(見つからない)

なぜ他ではダメなのか

対抗案1:残高試算表の残高に、当月の増減を直接足していく

計算の回数が減るので速そうに見える。売掛金でやってみる。

合計から作る(正) 残高に直接足す
4月末の売掛金残高 400,000 400,000
5/9 の処理 借方合計に +500,000 残高に +500,000 → 900,000
5/15 の処理 借方合計に +250,000 残高に +250,000 → 1,150,000
5/25 の処理 貸方合計に +400,000 残高から −400,000 → 750,000
5月末の残高 1,150,000 − 400,000 = 750,000 750,000

答えは同じ750,000円になる。ではなぜ勧めないのか。 右の列では、5/25の1件だけ符号が反対になっている。 売掛金は資産なので増えたら足し、減ったら引く。買掛金なら逆になる。 勘定ごとに符号の向きが変わるので、勘定の数だけ判断が要る。

みずほ食品の4月末で勘定は9つ、実際の会社なら数十ある。 そのすべてで「この勘定は資産だから増加は借方」と考え続けることになり、 1か所で向きを間違えると、その勘定だけがずれたまま試算表が一致しなくなる。 合計の欄で足す方法なら、判断は「借方か貸方か」だけで、 仕訳に書いてある側にそのまま足せばよい。符号の向きを考える場面が消える。

さらに、合計試算表を求められた場合には合計の情報が必要になる。 残高だけで進めていると、あとから合計を復元できない。

対抗案2:試算表が一致したら、その月の記帳は完了とする

検算が済んだのだから次へ進んでよい、という判断になる。 どこまで確かめられていないかを並べる。

誤りの種類 例 試算表で見つかるか
片側だけの転記漏れ 売掛金400,000を書き忘れ 見つかる
片側だけの金額違い 現金を50,000と書いた 見つかる
取引を丸ごと記帳し忘れ 5/15の売上250,000が帳簿に無い 見つからない
貸借を逆に転記 売掛金を貸方、売上を借方に 見つからない
両側とも同じ金額を間違えた 500,000を50,000と書いた 見つからない
科目を間違えた 売掛金と書くところを未収入金 見つからない
同じ仕訳を2回転記した 5/9を2度書いた 見つからない

下の5つは、どれも左右が同じだけ動くので試算表は一致する。 みずほ食品で「5/15の売上250,000円が丸ごと抜けている」場合、 試算表は9,150,000円ではなく8,900,000円で、左右はきれいに揃う。 それでも売上は250,000円少なく、売掛金も250,000円少ない。 帳簿は静かに間違ったまま完成する。

だから決算では、試算表とは別に現物や外部の資料と突き合わせる作業が要る。 金庫の現金を数え、銀行の残高証明を取り、得意先ごとの残高を確かめ、商品を実地棚卸する。 第12章の決算整理が現物の確認から始まるのは、この穴を埋めるためになる。

よくある間違い

ここで引っかかるはず

Q. 貸借を逆に転記すると売掛金がマイナス残高になるはずで、それを見れば気づけるのではないか。 A. 気づける場合はある。資産の残高がマイナスになるのは明らかに異常なので、 残高試算表を丁寧に見れば発見できる。 ただし、もともと両側に金額がある勘定では気づけない。 売掛金に借方1,150,000円・貸方400,000円がある状態で、 5/9の500,000円を逆に転記すると、借方650,000円・貸方900,000円になり、 残高は貸方250,000円。これも異常だが、 金額の並び自体は「ありえない数字」には見えない。 そして買掛金のように貸方残高が普通の勘定では、逆転記をしても違和感が出ないことがある。 残高の向きを見るのは有効な確認だが、確実ではない。

Q. 同じ仕訳を2回転記すると、金額が2倍になるので気づきそうだが。 A. 1件だけなら気づく可能性はある。だが試算表の合計は左右とも同じだけ増えるので、 検算としては何も引っかからない。 実務でこれが起きやすいのは、月末にまとめて転記するときと、 複数人で同じ帳簿を触っているときになる。 だから得意先元帳・仕入先元帳といった補助簿(第2章)と 総勘定元帳の残高を突き合わせる。 補助簿では相手先ごとに残高を持っているので、 2回転記すればその会社の残高だけが不自然に膨らみ、請求書と照らせば分かる。

Q. 試算表を作る頻度は、どのくらいが正しいのか。 A. 会計の理論として決まった頻度は無い。 手書きの帳簿だった時代は、間違いを探す範囲を狭くするために 週次や月次で作るのが実務だった。 いまは会計ソフトがいつでも出力できるので、 「作る」というより「見る」頻度の話になっている。 月次で見る会社が多いのは、月末で締めた数字を前年同月と比べるためと、 金融機関から求められる資料の単位が月になっているためだ。 試験では「〇月末の試算表を作れ」という形で月次を前提に出題される。

関連マップ

flowchart TD
  A[前月末の合計試算表] --> B[当月の取引を仕訳]
  B --> C[勘定ごとに当月の借方・貸方を集計]
  C --> D[前月末の合計に足す]
  D --> E{合計の左右が一致するか}
  E -- しない --> F[差額から原因を絞る<br/>1件分・2で割る・9の倍数]
  E -- する --> G[差を取って残高欄へ]
  G --> H[合計残高試算表<br/>boki3-ch10-s02]
  H -.見つからない誤りは.-> I[現物・外部資料と突合<br/>boki3-ch12-s01]

確認問題

現金勘定の借方に記入された金額の合計が5,500,000円、貸方に記入された金額の合計が1,600,000円であった。
残高試算表の現金の欄に記入される金額として正しいものはどれか。
  1. 借方に 5,500,000円
  2. 貸方に 1,600,000円
  3. 借方に 3,900,000円
  4. 借方に 5,500,000円と貸方に 1,600,000円の両方
答えと解説

正解: 3

正解の根拠: 残高試算表には、借方合計と貸方合計の差額を、多いほうの側に1つだけ書く。5,500,000 − 1,600,000 = 3,900,000円を借方に記入する。
誤答1: 5,500,000円は借方合計であり、合計試算表に記入する金額。残高ではない。
誤答2: 1,600,000円は貸方合計。現金は資産なので、通常は借方に残高が残る。
誤答4: 両方を書くのは合計試算表の形。残高試算表では差額を片側にだけ書く。

参照: boki3-ch10-s01 term:shisanhyo

4月末の合計試算表において、売掛金の借方合計は400,000円、貸方合計は0円であった。
5月中に、掛け売上500,000円と250,000円、売掛金の現金回収400,000円があった。
5月末の合計残高試算表における売掛金の借方合計と借方残高の組み合わせとして正しいものはどれか。
  1. 借方合計 750,000円、借方残高 350,000円
  2. 借方合計 1,150,000円、借方残高 750,000円
  3. 借方合計 1,150,000円、借方残高 1,150,000円
  4. 借方合計 400,000円、借方残高 750,000円
答えと解説

正解: 2

正解の根拠: 借方合計は 400,000 + 500,000 + 250,000 = 1,150,000円。貸方合計は回収分の400,000円。残高はその差で 1,150,000 − 400,000 = 750,000円になる。
誤答1: 5月の発生額だけを集計しており、4月末までの累計400,000円を足し忘れている。
誤答3: 貸方の400,000円を差し引いていない。回収した分だけ売掛金は減る。
誤答4: 借方合計に5月の掛け売上750,000円が加算されていない。

参照: boki3-ch10-s02 term:goukeizandakashisanhyo

次の誤りのうち、試算表の借方合計と貸方合計の不一致として発見できるものはどれか。
  1. 掛け売上500,000円について、売上勘定の貸方には記入したが、売掛金勘定の借方への記入を忘れた
  2. 掛け売上500,000円について、売掛金勘定の貸方と売上勘定の借方に記入した
  3. 掛け売上500,000円を、売掛金勘定・売上勘定ともに50,000円と記入した
  4. 掛け売上500,000円の取引そのものを、仕訳帳にも元帳にも記入しなかった
答えと解説

正解: 1

正解の根拠: 片側(借方)だけが記入されていないので、貸方合計だけが500,000円多くなり、試算表の左右が一致しない。試算表が捕まえられるのは、この「片側だけの誤り」になる。
誤答2: 借方と貸方の両方に500,000円が記入されているため、合計の差は動かない。左右は一致したままになる。
誤答3: 両側とも同じ50,000円で記入しているので左右は一致する。金額が正しいかどうかは試算表では分からない。
誤答4: 記入そのものが無いので、借方にも貸方にも何も加わらない。試算表は「書かれなかったもの」を見ることができない。

参照: boki3-ch10-s02 term:shisanhyo

試算表について正しく述べているものはどれか。
  1. 試算表には資産・負債・純資産の勘定だけを記載し、収益・費用は記載しない
  2. 試算表は決算整理を反映した後の金額で作成する
  3. 合計試算表の合計額と残高試算表の合計額は必ず一致する
  4. 試算表の借方合計と貸方合計が一致するのは、仕訳が常に貸借同額で行われるため
答えと解説

正解: 4

正解の根拠: 1つの取引を借方と貸方に同額で記入しているので、それを漏れなく転記すれば元帳全体の借方合計と貸方合計も一致する。試算表はこの前提が守られているかを検算している。
誤答1: 試算表には収益・費用も含めたすべての勘定を並べる。だから貸借対照表とは別物になる。
誤答2: 試算表は決算整理を行う前の集計。決算整理を書き込むのは精算表になる。
誤答3: 合計試算表は各勘定の借方・貸方をそのまま足したもの、残高試算表は差額を並べたもの。相殺された分だけ合計額は異なる。

参照: boki3-ch10-s01 term:goukeizandakashisanhyo