みずほ食品の本業は、小麦粉を買ってきて麺にして売ることだ。 現金や預金(第3章)は、その本業を回すための道具にすぎない。 この章で扱うのは道具ではなく、会社が毎日いちばん多く繰り返している取引そのものになる。
七海がここでつまずいたのは、勘定科目の名前ではなかった。 「小麦粉を買った」「麺を売った」という当たり前の話を、 なぜ仕入・売上・繰越商品という3つの科目に割って書かなければいけないのか。 1本の「商品」勘定で足りそうに見えるのに、教科書はいきなり3つに割ってくる。 ここが腹落ちしないまま決算整理の「しーくりくりしー」を暗記すると、 第12章の決算でほぼ確実に崩れる。だからこの章は、割る理由から始める。
江戸の商家では、代金を売った日にもらうことは少なかった。 盆と暮れの年2回にまとめて集金する「掛け取り」が普通で、 大晦日は借りている側にとって一年でいちばん気の重い日だった。 落語の「掛取万歳」は、この大晦日に押し寄せる集金人を、 相手の好きな芸で機嫌よくさせて追い返す噺になっている。 逃げる客と追う番頭という構図が、笑い話として成立するほど日常だったわけだ。
集金が年2回なら、帳面には「誰にいくら掛けてあるか」を半年ぶん貯めておく必要がある。 だから商家の大福帳は、日付順の記録とは別に、得意先ごとのページを持っていた。 いまの得意先元帳とほとんど同じ発想になる。 そして掛け取りの前後に、棚から商品を下ろして数える棚卸をやった。 現物と帳面を突き合わせ、儲けを確定させる作業だ。
売掛金・買掛金という科目名も、繰越商品を決算日にだけ動かす形も、 この年2回のリズムの上に組み立てられた仕組みがそのまま残ったものになる。 だから三分法は理屈で発明された処理ではなく、数えられる回数に合わせて作られた処理だと見ると、 決算整理が年に1回だけである理由まで一本に繋がる。
売上原価は「期首+仕入−期末」で計算する。 つまり期末在庫を大きく見せれば、それだけ売上原価が小さくなり、利益が増える。 みずほ食品の1期目で試すと、期末在庫を300,000円ではなく330,000円と数えただけで、 売上原価は6,900,000円から6,870,000円に減り、利益は30,000円増える。 在庫を1割水増しすると、利益が3.75%増える計算になる。
粉飾決算で在庫の水増しが定番なのは、この構造による。 現金や預金は銀行に残高を照会されれば一発で分かるが、 倉庫に積んである物の量と評価は、外から確かめるのに手間がかかる。 実際に上場企業の不正会計事件では、 架空の在庫を計上して原価を圧縮した手口が繰り返し登場している。
だから決算書を審査する側は、在庫の金額そのものより 「売上に対して在庫が何か月分あるか」を見る。 売上が横ばいなのに在庫だけが2か月分から4か月分に増えていれば、 売れない物を抱えたか、数字を作ったかのどちらかを疑う。 三分法の期末棚卸は、単なる計算手続きではなく、 利益をいちばん簡単に動かせる一点でもある、と覚えておくといい。
5月のある日、七海は素直な帳面をつけようとした。 小麦粉を500,000円で買ったら「商品 500,000」と書き、麺が売れたら「商品」を減らす。 持っている物の増減をそのまま書くのだから、いちばん自然に見える。 実際、簿記にはこの書き方があって分記法と呼ばれる。
やってみて、3日で止まった。 麺は1袋200円で、1日に何十件も売れる。1件売るたびに 「この袋の小麦粉代・光熱費・人件費はいくらだったか」を調べないと、 商品をいくら減らせばいいのかが決まらない。 売った瞬間に原価が分からなければ、仕訳が1行も書けない。
【必然】 分記法が現場で回らないのは、几帳面さの問題ではない。
売った瞬間に「売値」と「原価」の2つの数字を同時に確定させることを要求する書き方だからだ。
売値はレジに出るが、原価は仕入の記録をさかのぼらないと出てこない。
1日に数十件・数百件動く商売では、この2つを同時に揃えること自体が不可能に近い。
【要請】 もう1つ、決定的な不都合がある。分記法では
「1年でいくら売り上げたか」という数字が帳面のどこにも残らない。
商品勘定の中に、原価と儲けが混ざったまま埋もれる。
銀行も税務署も、まず売上高を見る。会社の規模も成長も、そこからしか読めない。
外に報告する目的から逆算すると、売上高は独立した1本の科目として立っていないと困る。
そこで、期中は原価を追いかけるのをやめる。 買ったら仕入(費用)、売ったら売上(収益)と、 値札のまま素直に書く。在庫の調整は1年に1回、決算日にまとめてやる。 その在庫の置き場が繰越商品(資産)で、 仕入・売上・繰越商品の3科目を使うから三分法という。
決算日に在庫を数える作業を棚卸(たなおろし)という。この言葉は比喩ではなく、 文字どおり店の棚から商品を下ろし、床に並べて数え直した作業を指していた。 江戸期の商家では年に1〜2回、店を閉めて全員で棚を空にし、 品物を数えながら痛んだ物をより分けた。帳面の数字と現物を突き合わせる日だったわけだ。
三分法が「期中は数えない・決算日に一気に数える」という形をとっているのは、 この棚卸という物理作業の周期にそのまま乗っているからでもある。 毎日数えられるなら分記法でよかった。数えるのに店を閉めなければならないから、 年に1回に寄せた。会計の処理が先にあって現場が従っているのではなく、 現場でできることに合わせて処理の形が決まったという順序になっている。
で、幹の話に戻ると、繰越商品を動かすのが決算日の1回だけなのは制度の都合ではなく、 在庫を数えられるのが年に1回だから、と押さえておけばいい。
4月の商品まわりの動きは3つだけだった。
| 日付 | 取引 | 金額 |
|---|---|---|
| 4/3 | 西美濃製粉から小麦粉などを仕入 | 500,000 |
| 4/12 | 大垣屋商店へ麺を販売 | 900,000 |
| 4/30 | 月末に数えたら小麦粉・製品が残っていた | 80,000 |
三分法で書くと、期中の仕訳は上の2行だけになる。
4/3 (借) 仕 入 500,000 (貸) 買 掛 金 500,000
4/12 (借) 現 金 500,000 (貸) 売 上 900,000
(借) 売掛金 400,000
4/12 の仕訳に原価がどこにも出てこないことに注目してほしい。 売った麺の原価がいくらだったかを調べずに、値札の900,000円だけで仕訳が終わっている。 これが三分法の狙いで、レジを打つ人が原価を知らなくても帳面が回る。
では儲けはどこで出るのか。4月末に残った80,000円を差し引けばいい。 4月に実際に使い切ったのは 500,000 − 80,000 = 420,000円。 売上 900,000 − 420,000 = 480,000円が、4月の商品売買から出た儲け(売上総利益)になる。 原価は1件ずつではなく、月末・期末にまとめて逆算する。
purchases が複数形なのは、1年ぶんの買い入れを積み上げた総額を指すため。sales も「売ること」の複数形で、1年ぶんの積み上げを指す点は日本語と同じ。cost of goods sold(売られた商品の原価)のほうが限定が露骨で分かりやすい。みずほ食品の1期目(2026/4/1〜2027/3/31)の実際の数字で1回通す。
2期目も同じ手順を踏む。期首が300,000円(1期目の期末在庫がそのまま来る)、 仮に仕入が7,500,000円、期末在庫が450,000円だったとすると、 300,000 + 7,500,000 − 450,000 = 7,350,000円が2期目の売上原価になる。
ここまで来て初めて一般化していい。
売上原価 = 期首商品棚卸高 + 当期商品仕入高 − 期末商品棚卸高
この式を先に暗記しようとすると、なぜ期首を足して期末を引くのかで必ず詰まる。 順序は逆で、「売るために手元にあった物の総額から、売れ残りを引く」という 当たり前の引き算に、あとから名前が付いただけだ。
決算整理仕訳は2行。読み方の順に「しーくり・くりしー」と呼ばれる。
3/31 期首商品を仕入へ送る(1期目は期首0なので金額なし)
(借) 仕 入 0 (貸) 繰 越 商 品 0
3/31 期末商品を仕入から抜く
(借) 繰 越 商 品 300,000 (貸) 仕 入 300,000
2期目(期首300,000・期末450,000)なら、こうなる。
3/31 (借) 仕 入 300,000 (貸) 繰 越 商 品 300,000
3/31 (借) 繰 越 商 品 450,000 (貸) 仕 入 450,000
この2行を入れたあとの仕入勘定の残高が、そのまま損益計算書の売上原価になる。 「仕入」という科目名のまま決算を迎えず、中身が売上原価に入れ替わるのがこの処理の肝になる。
対抗案1:商品勘定1本にして、売るたびに原価を抜く(分記法)
4/12 の販売(売価900,000・原価420,000と仮定)を分記法で書くとこうなる。
4/12 (借) 現 金 500,000 (貸) 商 品 420,000
(借) 売 掛 金 400,000 (貸) 商品売買益 480,000
理屈は美しい。商品勘定の残高が常に手元在庫の原価と一致し、決算整理も要らない。 壊れるのは2点。①1件売るたびに420,000という原価を確定させる必要があり、 1日に数十件動く商売では実務が止まる。 ②損益計算書に載るのが商品売買益 480,000 だけになり、 売上高 900,000 という数字が帳面から消える。 銀行に「年商はいくらですか」と聞かれて、11,500,000ではなく粗利4,600,000しか答えられない会社になる。 規模も、前年比も、業界平均との比較もできない。
対抗案2:商品勘定1本に、仕入は原価で・売上は売価で放り込む(総記法)
売ったときに原価を調べなくて済むよう、商品勘定の貸方に売価900,000をそのまま書く方法もある。 これなら期中の手間は三分法と同じだ。だが期中の商品勘定の残高は 「原価で入れた分 − 売価で出した分」という意味のない差額になる。 4月なら 500,000 − 900,000 = △400,000。在庫が80,000円あるのに、 帳簿上の商品はマイナス400,000円。この数字は在庫でも利益でもなく、月次で何かを判断する材料にならない。 三分法が3つに割っているのは、期中の帳簿を見ただけで意味が読める状態を保つためでもある。
Q. 買った時点では売れていないのに、なぜ仕入をいきなり「費用」にしてしまうのか。 A. 期中の仕入勘定は、正確には「費用の仮置き場」として使っている。 1年ぶんを費用側に積み上げておいて、決算日に売れ残りだけを資産へ抜き出す、という段取りになっている。 最初から正確に分けようとすると、結局は分記法と同じ問題(売るたびに原価を確定させる)に戻る。 先に全部費用にして、あとから資産を取り戻すほうが手数が少ない、という実務上の選択だと考えるといい。
Q. 期末在庫を多めに数えたら、利益が増えてしまうのではないか。 A. 増える。300,000円の在庫を400,000円と数えれば、売上原価が100,000円減って利益が100,000円増える。 だからこそ在庫の数え方には歯止めが要る。上場企業の粉飾で在庫の水増しが定番なのはこの構造による。 実務では、棚卸に第三者を立ち会わせたり、監査で現物を抜き取り確認したりする。 在庫の評価を切り下げる論点(棚卸減耗損・商品評価損)は2級で正面から扱う。
Q. 期首商品と期末商品が同じ金額なら、決算整理はしなくてよいのか。 A. 仕訳としては書く。金額が同額でも、繰越商品から仕入へ送る行と、仕入から繰越商品へ戻す行の 両方を書くのが答案の形になる。結果として売上原価=当期仕入高になるだけで、 たまたま一致したのか処理を忘れたのかを、答案を見る側が区別できないと困るからだ。
flowchart LR A[小麦粉を買う] --> B[仕入<br/>費用に仮置き] C[麺を売る] --> D[売上<br/>収益] B --> E[決算:棚卸<br/>boki3-ch12-s01] E --> F[繰越商品<br/>資産に戻す] E --> G[売上原価<br/>仕入の残高] D --> H[売上総利益] G --> H H --> I[損益計算書<br/>boki3-ch12-s04]
4月12日、大垣屋商店に麺を900,000円分納めた日のこと。 先方の番頭が「うちは月末締めの翌月末払いだで、いつもの通りで」と言って帰っていった。 七海は現金を1円も受け取っていない。それでも売上900,000円を計上した。 ここが引っかかる。金をもらっていないのに、売ったことにしていいのか。
いい。むしろ、そうしないと帳面が現実からずれる。 麺は先方の倉庫に入り、こちらの在庫からは消えている。 代金を請求する権利は、渡した瞬間に発生している。 この「あとで受け取れる権利」を資産として立てるのが売掛金で、 逆に自分が支払う側に立ったときの義務が買掛金になる。
【必然】 商品を渡した時点で売上を立てるのは、慣習ではなく引き算の都合による。
在庫(資産)は減っている。もし売上を立てないなら、
資産だけが減って何も増えないことになり、貸借が合わない。
渡した瞬間に「代金請求権」という別の資産が入ってきたと考えて初めて、左右が釣り合う。
覚え方の取っ掛かりは「物が出たら、代わりに何かが入っている」。
現金が入っていないなら、入ったのは権利のほうだ。
【由来】 「掛け」は掛け売りの掛けで、代金を即時に決済せず
帳面に掛けておく(記録して吊るしておく)ことを指した。
江戸の商家では、盆と暮れの年2回にまとめて集金する「掛け取り」が普通で、
大晦日の掛け取りは落語の題材にもなっている。
売掛金・買掛金という科目名は、この帳面に吊るす商慣習の名前がそのまま残ったものになる。
リース営業や銀行の与信の現場では、売掛金を「営業債権」と呼ぶ。 名前が示すとおり、これは債権で、経済的には無利息で相手に金を貸している状態と変わらない。 みずほ食品が大垣屋商店に900,000円の売掛金を持っているということは、 900,000円ぶんの資金を大垣屋商店に置いてきている、ということだ。
だから与信判断では、売掛金の残高そのものより「回収までの日数」を見る。 売掛金 900,000 ÷ 年間売上 11,500,000 × 365 ≒ 29日。 これを売上債権回転期間といい、みずほ食品なら約1か月で回収できている計算になる。 これが60日、90日と伸びていくときは、相手が払えていないか、 売上を無理に伸ばして回収の甘い先に商品を押し込んでいるかのどちらかを疑う。 金額が増えていても、回転期間が悪化していれば与信は締める方向に動く。
リース契約の審査でも同じ見方をする。申込企業の決算書で売掛金だけが不自然に膨らんでいれば、 それは売上の裏付けが取れていない可能性を示す。 逆に買掛金の回転が急に長くなっていれば、仕入先への支払いを待ってもらっている=資金繰りが苦しい兆候になる。
で、幹の話に戻ると、売掛金・買掛金は単なる後払いの記録ではなく、 どちらが誰に資金を預けているかを表す科目だと見ると、決算書の読み方まで一直線に繋がる。
| 日付 | 取引 | 相手 |
|---|---|---|
| 4/3 | 小麦粉など 500,000円を掛けで仕入 | 西美濃製粉 |
| 4/12 | 麺 900,000円を販売。現金500,000円、残り400,000円は掛け | 大垣屋商店 |
| 5/31 | 4/12 の掛け代金 400,000円を当座預金へ入金 | 大垣屋商店 |
| 5/31 | 4/3 の買掛金 500,000円を当座預金から支払 | 西美濃製粉 |
4/12 の売上900,000円のうち、現金で入ったのは500,000円だけ。 残りの400,000円は5月31日まで手元に入らない。 利益は4月に出るが、現金は5月にしか入らないという、 第1章で触れた「利益と現金が一致しない」現象がここで実際に起きている。
1期目の期末には、この掛け取引の残りが売掛金 900,000円・買掛金 600,000円として 貸借対照表に載る。どちらも「まだ動いていないお金」の残高になる。
accounts receivable(受け取るべき勘定)も「受け取る側」を名前にしている点は同じ。accounts payable(支払うべき勘定)。掛け取引で迷ったときは、次の順に聞くと必ず1つに決まる。
例えば 5/31 の入金で通す。自分は売った側 → 売掛金。麺なので本業 → 売掛金で正しい。
起きているのは決済 → 資産を減らすので貸方。
借方は入ってきた当座預金。これで
(借) 当座預金 400,000 / (貸) 売掛金 400,000 が組み上がる。
なお、売掛金勘定は総勘定元帳では1本にまとまるが、それだけでは 「大垣屋商店にいくら、揖斐川フーズにいくら」が分からない。 そこで相手ごとに残高を持つ補助簿(得意先元帳・仕入先元帳)を別に置く。 主要簿と補助簿の関係は第2章で扱ったとおりで、 掛け取引はこの補助簿がいちばん効く場面になる。
4/3 (借) 仕 入 500,000 (貸) 買 掛 金 500,000
4/12 (借) 現 金 500,000 (貸) 売 上 900,000
(借) 売 掛 金 400,000
5/31 (借) 当座預金 400,000 (貸) 売 掛 金 400,000
5/31 (借) 買 掛 金 500,000 (貸) 当座預金 500,000
対抗案1:入金があった日に売上を立てる(現金主義)
現金が入った日だけ書けばいいので、いちばん簡単に見える。実際、小規模な個人商店ではこれに近い運用がある。
みずほ食品で試すと、3月中に納めた麺 400,000円分の入金は4月末になる。
1期目の売上は 11,500,000 ではなく 11,100,000 になり、
その400,000円は2期目の売上として計上される。
麺を作って納めたのは1期目なのに、原価は1期目・売上は2期目に落ちるので、
1期目は利益が過小、2期目は過大になる。
期をまたぐ取引が増えるほど、前期比較が意味を失う。
費用と収益を同じ期に対応させるという要請(【要請】)から、この案は採れない。
対抗案2:売掛金を1本の残高だけで持ち、相手別に分けない
総勘定元帳の売掛金が 900,000 と分かればよさそうに見える。 壊れるのは回収の場面だ。期末の売掛金900,000円が、 大垣屋商店に600,000・揖斐川フーズに300,000なのか、 1社に900,000なのかで、意味がまったく違う。 前者なら分散しているが、後者は1社が倒れると900,000円が丸ごと焦げ付く。 また、どの請求が未回収なのかを特定できないので、督促もできない。 貸倒引当金を見積もる(第8章)にも、 相手ごとの残高と滞留期間が要る。
Q. 現金をもらっていないのに利益が出ることに、どうしても違和感がある。 A. その違和感は正しく、実務でも「勘定合って銭足らず」と言って警戒される状態そのものを指している。 利益は「儲かったか」を測る数字、現金は「払えるか」を測る数字で、別の問いに答えている。 掛けで売れば利益は先に出て、現金は遅れて入る。 だから決算書は損益計算書だけでなく貸借対照表とセットで見る(第1章)。 違和感を消すのではなく、2つの数字は一致しないものだと分けて持つのが正解になる。
Q. 売掛金が回収できなかったらどうなるのか。 A. 回収できないと分かった時点で、その売掛金を消して損失にする。 これが貸倒れで、第8章の主題になる。 さらに、まだ倒れていなくても「一定割合は回収できないだろう」と見積もって 先に費用にしておくのが貸倒引当金。 掛けで売るという判断には、必ずこの取りっぱぐれのリスクがくっついてくる。
Q. 掛けをやめて全部現金取引にすれば、リスクもなく簡単ではないか。 A. 理屈ではそうだが、現実には売上が落ちる。 相手にしてみれば、仕入のたびに現金を用意する必要があり、資金繰りの負担が重い。 掛けを認めない仕入先は、条件の良い他社に替えられる。 掛け=取引条件の一部で、与信を出すことが営業上の武器になっている。 だからこそ、誰にいくらまで掛けを認めるか(与信限度)を決める作業が要る。
flowchart LR A[商品を引き渡す] --> B[売上を計上] A --> C[売掛金<br/>資産] C --> D[入金<br/>当座預金] C -.回収不能.-> E[貸倒れ<br/>boki3-ch08-s02] C -.見積り.-> F[貸倒引当金<br/>boki3-ch08-s01] C -.手形に置換.-> G[受取手形<br/>boki3-ch05-s01] C -.電子記録.-> H[電子記録債権<br/>boki3-ch05-s02] I[商品を受け取る] --> J[仕入を計上] I --> K[買掛金<br/>負債] K --> L[支払]
6月に入って、みずほ食品の商品まわりに3つの「例外」が同時に起きた。 届いた小麦粉の一部が湿気ていて返した。仕入れた小麦粉の運賃を自社が負担した。 そして直売所で、初めてクレジットカードで麺が売れた。
どれも「買った・売った」の単純形から少しずれる。 ずれたときに毎回その場で考えていると答案が止まるので、 ずれの正体を1つの問いに畳んでおくのがこの節の狙いになる。 その問いは「その支出は、商品を売れる状態にするまでに要ったものか」と、 「その代金は、誰に対して請求する権利か」の2つに尽きる。
【必然】 返品が逆仕訳になるのは、取り消しだからだ。
湿気た小麦粉を返せば、その分の仕入はもともと無かったことになり、
支払う義務(買掛金)も同額だけ消える。新しい取引が起きたのではなく、
前の取引の一部が取り消されたので、同じ科目を反対側に書いて打ち消す。
【要請】 引取運賃を仕入原価に含めるのは、費用と収益を対応させる要請による。
小麦粉は運賃を払って自社の倉庫に着いて初めて使える。
その商品を使える状態にするまでに要った支出は、その商品の原価の一部とみなす。
だから運賃込みの金額が仕入になり、売れ残れば運賃込みの金額で繰越商品に残る。
同じ考え方は固定資産の取得原価(第7章)でもそのまま使う。
同じ運賃なのに、仕入のときは原価に含め、売るときは費用にする。 恣意的に見えるが、基準は1本しかない。その支出が、商品を売れる状態にするまでに要ったかだ。
引取運賃は、小麦粉が自社の倉庫に着くまでの支出。着かなければ麺は作れないので、 商品を使える状態にするための支出になり、原価に入る。 一方、売れた麺を大垣屋商店へ届ける発送費は、すでに売れたあとの支出で、 商品を売れる状態にするためのものではない。売るという活動に伴って発生した費用なので、 発送費(販売費)として当期の費用にする。
同じ線引きは第7章の固定資産でも出てくる。 製麺機の据付費・試運転費は「使える状態にするまで」なので取得原価に含めるが、 翌年の修理代は使えるようになった後の支出なので修繕費になる。 科目名は違っても、判断の物差しは同じ1本だと分かると、覚える量が一気に減る。
で、幹の話に戻ると、諸掛りの処理は「仕入か売上か」で覚えるのではなく、 売れる状態にするまでの支出かどうかで判断するのが本筋になる。
| 日付 | 取引 | 金額 |
|---|---|---|
| 6/3 | 西美濃製粉から小麦粉を掛けで仕入 | 400,000 |
| 6/3 | 上記の引取運賃を現金で支払(自社負担) | 8,000 |
| 6/5 | 6/3 の小麦粉のうち湿気ていた分を返品 | 20,000 |
| 6/10 | 大垣屋商店へ麺を発送。運賃を自社負担で現金払い | 5,000 |
| 6/20 | 直売所でクレジットカード決済による販売。信販会社手数料4% | 100,000 |
6/3 の仕入は、代金400,000円に運賃8,000円を足した408,000円になる。 運賃を別の科目にせず、仕入に含めてしまうところが要点で、 このあと期末在庫を評価するときも、運賃込みの単価で数える。
6/20 のカード販売では、現金は1円も入らない。 入ってくるのは信販会社に対する代金請求権で、しかも満額ではない。 手数料4,000円を差し引かれた96,000円だけが、後日入金される。 この請求権をクレジット売掛金という独立した科目で持つ。
credit はラテン語 credere(信じる・預ける)由来で、
貸方(term:kashikata)と同じ語源を持つ。
カード=信用で買う仕組み、という原義がそのまま科目名に残っている。6/20 のクレジット販売で1回通す。
一般化すると、クレジット販売の仕訳は 「借方に(売価−手数料)のクレジット売掛金と手数料、貸方に売価の売上」という形をとる。 手数料を売上から引かないのは、売上高を実際の販売価格で残すためで、 第1節で分記法を退けたのと同じ理由(売上高という数字を潰さない)になる。
なお、手数料をいつ計上するかは、販売時に計上する方法と入金時に計上する方法があるが、 3級では販売時に計上する形が基本になる。
6/3 (借) 仕 入 408,000 (貸) 買 掛 金 400,000
(貸) 現 金 8,000
6/5 (借) 買 掛 金 20,000 (貸) 仕 入 20,000
6/10 (借) 発 送 費 5,000 (貸) 現 金 5,000
6/20 (借) クレジット売掛金 96,000 (貸) 売 上 100,000
(借) 支払手数料 4,000
対抗案1:引取運賃を「支払運賃」として全額その期の費用にする
運賃は運送会社に払った費用だから費用でよさそうに見える。数字で確かめる。 6/3 に仕入れた小麦粉400,000円分のうち、期末に半分(200,000円分)が売れ残ったとする。
| 処理 | 期末の繰越商品 | 当期の費用に落ちる運賃 |
|---|---|---|
| 運賃を仕入に含める | 204,000(運賃8,000の半分を含む) | 4,000 |
| 運賃を支払運賃で費用にする | 200,000 | 8,000 |
下の行では、まだ売れていない小麦粉にかかった運賃4,000円まで当期の費用になっている。 売れていない物のコストを、売れた期の費用にしてしまっているわけで、 費用と収益の対応が崩れる。金額が小さいうちは誤差でも、 輸入原料で関税・保険料が価格の2割を占めるような商売では、利益の姿が変わってしまう。
対抗案2:クレジット販売を普通の売掛金で処理する
同じ「あとで入る金」なのだから売掛金でいい、という発想はありうる。 壊れるのは、回収相手と回収条件が違う点だ。 売掛金900,000円のうち300,000円がカード決済分だったとすると、 その300,000円は客ではなく信販会社から入る。信販会社が倒れることはまず考えにくいので、 貸倒れの見積り(第8章)を通常の売掛金と同率で掛けると過大になる。 また、カード分だけは4%の手数料が引かれるので、 売掛金の残高と実際に入ってくる金額がずれる。 科目を分けておけば、「客からの債権」と「信販会社からの債権」を別々に管理できる。
Q. 返品したとき、6/3 に払った引取運賃8,000円のうち返品分は取り戻さなくてよいのか。 A. 実務では運送会社に払った運賃は戻ってこないことが多く、3級でも按分しない扱いが基本になる。 返品で消すのは、あくまで商品の代金部分(20,000円)と、それに対応する買掛金だけ。 運賃を按分すべきかは理屈の上では議論があるが、 戻ってこない支出を帳簿から消すと現実と合わなくなるので、そのまま仕入に残す。
Q. 「仕入諸掛」という勘定科目を使う問題を見た気がするのだが。 A. 仕入諸掛を独立の勘定として立てる処理を採る教科書もあり、 その場合は決算で仕入へ振り替える。ただし3級の標準的な出題では、 自社負担の引取運賃は最初から仕入に含める形が問われる。 どちらを採っても最終的に売上原価に含まれるという結論は変わらないので、 問題文の指示に従えばよい。
Q. クレジット売掛金は、なぜ受取手形や電子記録債権と別扱いなのか。 A. 権利の作られ方が違う。受取手形は手形という証券に、 電子記録債権は記録原簿に権利が載る。 どちらも他人へ譲り渡せるし、期日が法的に決まっている。 クレジット売掛金は加盟店契約に基づく普通の債権で、証券にも記録原簿にも載っていない。 譲渡・割引という選択肢がない点が、手形との実務上のいちばんの違いになる。 詳しくは第5章で扱う。
flowchart TD A[仕入の周辺] --> B[引取運賃など<br/>自社負担 → 仕入に加算] A --> C[先方負担を立替<br/>→ 立替金] A --> D[返品 → 仕入と買掛金を取消] E[売上の周辺] --> F[発送費<br/>→ 費用] E --> G[返品 → 売上と売掛金を取消] E --> H[カード決済<br/>→ クレジット売掛金+支払手数料] B --> I[期末在庫の評価<br/>boki3-ch12-s01] B -.同じ考え方.-> J[固定資産の取得原価<br/>boki3-ch07-s01]
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