第1章で、1つの取引を左右2面に分けて書く理由まで来た。理屈は分かった。 それでも七海の手が止まるのは、目の前の伝票を見て「で、これは左に何を書くんだったか」が出てこないからだ。
この章は、その詰まりを2段構えで外す。前半は左右の決まり方。 科目を1つずつ覚えるのではなく、5つの箱から自動的に出てくる8個の部品の組み合わせとして仕訳を見る。 後半は、書いた仕訳が帳簿の中をどこへ流れていくのか。 仕訳帳から総勘定元帳へ、そして必要なら補助簿へ。 この流れが頭に入ると、試算表も決算も「同じ川の下流」に見えるようになる。
1494年にヴェネツィアで出たルカ・パチョーリの『スムマ』は、当時の商人が使っていた帳簿を3冊で説明している。 1冊目は覚書帳。店先で起きたことを、金額も相手も体裁を整えずにその場で書き殴る帳面で、 店員の誰が書いてもよいものとされた。2冊目が仕訳帳。覚書を後から見直し、 「どちらが借方でどちらが貸方か」を判定して1行に整える帳面。 そして3冊目が元帳で、仕訳帳の各行を科目ごとのページに写していく。
なぜ3冊に分けたのか。商売の現場では、客を待たせて左右を考えている暇が無いからだ。 記録する作業と、判定する作業と、集計する作業を分けておけば、 現場は書くことに集中でき、判定は落ち着いた時間にまとめてできる。 現代の会社で、営業が伝票を切り、経理が仕訳し、システムが集計するのと構造は変わっていない。
英語の ledger(元帳)は「置いてある大きな本」を指す語から来たという説が有力で、
持ち歩く仕訳帳に対し、元帳は帳場に据え置かれた。
日本語の「元帳」も、集計の元になる帳簿という意味で同じ位置に立っている。
だから主要簿と補助簿の区別は制度が決めた分類ではなく、 「現場で書く帳面」と「あとで集計する帳面」を分けた商人の知恵が、そのまま形を変えて残ったものだ。
仕訳という言葉を初めて見た人の多くが、「訳す」=翻訳を連想する。 取引を簿記の言葉に翻訳する作業だ、という説明も一応は成り立つのだが、 表記の歴史を見ると「仕分け」のほうが古く、簿記の世界で「仕訳」と書き分けるようになった、 という経緯が残っている。荷物を行き先ごとに分ける「仕分け」と同じ発想で、 1つの取引を借方の山と貸方の山に分ける作業を指していた。
※覚え方としては「郵便物の仕分け」を思い浮かべると位置を間違えにくい。 仕分け台の前に立って、封筒を左右のカゴに投げ分ける。 判断するのは「どちらのカゴか」だけで、封筒の中身を書き換えるわけではない。 仕訳も同じで、取引の事実は変えず、左右に振り分けるだけの作業になる。
この感覚が身に付くと、転記が急に簡単になる。 仕分けはもう終わっているので、あとはカゴの中身を宛先ごとの棚に移すだけだからだ。 判断は仕訳で完結し、転記に判断は残っていない。
4月の終わり、七海の机の上には伝票が20枚ほど積み上がっている。 現金で払ったものは書ける。「備品が増えて、現金が減った」で左右が埋まるからだ。 手が止まるのは、西美濃製粉から小麦粉を掛けで仕入れた伝票だった。 現金は1円も動いていない。動いていないのに、なぜ2面に分かれるのか。
ここで効いてくるのが、第1章の5つの箱だ。動いているのは現金ではなく、 **「小麦粉を使う権利」と「あとで払う義務」**の2つ。前者は費用(仕入)、後者は負債(買掛金)。 現金が出てこなくても、5つの箱のどれかは必ず2つ以上動く。
【必然】 5つの箱にはそれぞれ定位置がある(資産・費用は左、負債・純資産・収益は右)。
そして、増えたら定位置に書き、減ったら反対側に書く。
これだけで、書ける形は5×2=10通り……にはならない。
費用と収益は「使い切る/稼ぎ切る」ものなので減ることが原則なく、発生の1方向しか出てこない。
結果、部品は次の8個に落ちる。これが取引の8要素と呼ばれているものだ。
| 借方(左)に来る4つ | 貸方(右)に来る4つ |
|---|---|
| 資産の増加 | 資産の減少 |
| 負債の減少 | 負債の増加 |
| 純資産の減少 | 純資産の増加 |
| 費用の発生 | 収益の発生 |
仕訳は、この8個から左の部品を1つ以上・右の部品を1つ以上選んで並べ、金額を一致させたものにすぎない。 覚えるのは科目の数ではなく、この表の8マスだけでいい。 左どうし・右どうしの組み合わせが起こらないのは、そもそも左右が揃わないと金額が一致しないからだ。
表を眺めていると、左の「費用の発生」と右の「収益の発生」を直接組み合わせた仕訳も 作れそうに見える。理屈の上では左右が揃うので、金額は一致する。 ところが3級で出てくる取引を全部並べても、この組み合わせは現れない。
理由は、費用も収益も単独では発生しないから。費用が発生するときは必ず、 現金が出ていく(資産の減少)か、あとで払う義務が生まれる(負債の増加)か、 前払いしていた権利が消える(資産の減少)かのどれかを伴う。 収益も同じで、現金が入る・受け取る権利が生まれる・預かっていた義務が消える、のいずれかを必ず連れてくる。 費用や収益は「財産の動きに付けた理由のラベル」なので、 ラベルとラベルだけが向かい合うことは起きない。
で、幹の話に戻ると、8要素の表は「どれとどれが組めるか」を暗記する表ではなく、 左右それぞれの候補を4つに絞り込むための表として使えばいい。
4月に起きたことを7件に絞って、8要素のどれとどれの組み合わせかを言い当ててみる。
| 日付 | 取引 | 借方の部品 | 貸方の部品 |
|---|---|---|---|
| 4/1 | 社長が3,000,000円を出資 | 資産の増加(現金) | 純資産の増加(資本金) |
| 4/5 | 製麺機1,200,000円を現金で購入 | 資産の増加(備品) | 資産の減少(現金) |
| 4/8 | 大垣中央銀行から2,000,000円を借入 | 資産の増加(現金) | 負債の増加(借入金) |
| 4/10 | 小麦粉500,000円を掛けで仕入 | 費用の発生(仕入) | 負債の増加(買掛金) |
| 4/12 | 麺900,000円を販売(現金500,000・掛け400,000) | 資産の増加(現金・売掛金) | 収益の発生(売上) |
| 4/20 | 工場家賃200,000円を現金で支払 | 費用の発生(支払家賃) | 資産の減少(現金) |
| 4/28 | 買掛金200,000円を現金で支払 | 負債の減少(買掛金) | 資産の減少(現金) |
7件のうち、現金が絡まないのは4/10だけ。それでも8要素の枠から外れた取引は1つも無い。 特に4/28に注目してほしい。借方が「負債の減少」で、これは表の左列にちゃんと載っている部品だ。 買掛金は負債だが、減るときは左に書く。 科目の名前ではなく、箱と増減で位置が決まる。
journal entry(仕訳帳への記入)と呼び、日本語は作業、英語は書く場所を名前にしている違いがある。まず4/12の売上で1回通す。
一般化すると、仕訳の組み立ては 「①動いたものを挙げる → ②箱に入れる → ③増減を言う → ④表で位置を引く → ⑤合計を照合する」の5手。 迷ったときに戻る場所は必ず②で、科目名から左右を思い出そうとしないことが要点になる。 左右が3行以上に分かれることもあり、その形を諸口(しょくち)と呼ぶ。
4/10 (借) 仕 入 500,000 (貸) 買 掛 金 500,000
4/12 (借) 現 金 500,000 (貸) 売 上 900,000
(借) 売 掛 金 400,000
4/28 (借) 買 掛 金 200,000 (貸) 現 金 200,000
対抗案1:科目ごとに「左に書く科目リスト」「右に書く科目リスト」を作って暗記する
3級で出る科目は50個ほどなので、頑張れば覚えられそうに見える。実際に破綻するのは、 同じ科目が左にも右にも来るからだ。買掛金は増えれば右(4/10)、減れば左(4/28)。 現金も、4/1は左で4/5は右。リストにするなら「買掛金=右、ただし支払ったときは左」と 但し書きを全科目に付けることになり、覚える量は50個ではなく100個になる。 8要素なら8マスで済む。
対抗案2:現金が動いた取引だけ仕訳する
現金が絡む取引は分かりやすいので、そこだけ書いて、掛け取引は取引先へのメモで管理する、という発想はありうる。 4月で試すと、仕訳されるのは4/1・4/5・4/8・4/12(現金分500,000のみ)・4/20・4/28の6件。 このとき帳簿上の売上は500,000円になる。実際には900,000円売れているのに、である。 差の400,000円は大垣屋商店への売掛金として翌月に入金されるので、 5月に入金された瞬間に売上が立ってしまう。売れた月と売上が計上される月がズレると、 月ごとの成績が比較できなくなり、決算では前期・当期の利益が意味を持たなくなる。
Q. 純資産の減少が借方に来る取引は、3級で実際に出てくるのか。 A. 出てくる。株主への配当を決めたときの繰越利益剰余金の減少がそれで、 借方に繰越利益剰余金、貸方に未払配当金と利益準備金が並ぶ(第9章)。 頻度は低いが、8要素の表に空きマスは無い。
Q. 「動いたものを挙げる」と言われても、伝票を見て何も動いていない気がするときがある。 A. その伝票が取引ではない可能性がある。注文書を受け取った、見積書を出した、 契約書に押印した、といった段階では財産も義務もまだ動いていないので仕訳しない。 逆に、金が動いていなくても義務や権利が動いていれば取引になる。 4/10の掛け仕入がまさにその例で、判定基準は現金ではなく5つの箱のどれかが動いたか。
Q. 借方と貸方、どちらから先に書くべきか。 A. 決まった順序は無いが、確信のあるほうから書くと早い。 4/12なら「売上900,000(右)」が動かないので右から埋め、残りを左で900,000に合わせる。 4/5なら「備品1,200,000(左)」から埋める。 迷う側を先に書こうとして手が止まるのが、いちばん時間を失うパターンになる。
flowchart LR A[取引が起きる] --> B[5つの箱に入れる<br/>boki3-ch01-s02] B --> C[増減を言う] C --> D[8要素で左右を決める<br/>boki3-ch02-s01] D --> E[仕訳帳に日付順で記入] E --> F[総勘定元帳へ転記<br/>boki3-ch02-s02] E --> G[伝票で代用する場合<br/>boki3-ch11-s01]
5月の連休明け、社長が七海に聞いた。「うち、いま現金いくらある」。 仕訳帳には4月の7件が日付順に並んでいる。答えるには、7行を上から見て 現金が出てくる行だけ拾い、増えた分を足して減った分を引かなければならない。 7行ならできる。これが1年で2,000行になったとき、社長の質問1つに半日かかることになる。
【要請】 帳簿は「起きた順」に並べる必要がある一方で、
報告や意思決定は「科目ごとの今いくらか」で行われる。
日付順の記録と科目別の残高は、同じ情報を別の並べ方で持つしかない。
そこで、仕訳帳に書いた1行を、科目ごとに用意した専用のページへ写す。
この専用ページを勘定口座、写す作業を転記という。
写すときの位置は考えなくていい。仕訳で借方に書いたものは、その科目の口座の借方へ。 貸方に書いたものは貸方へ。 左右を入れ替えないので、転記そのものに判断は要らない。 判断は仕訳で終わっていて、転記は機械作業になる。ここが分業できるのが複式簿記の強みでもある。
【必然】 転記が終わると、各口座の残高は必ず定位置の側に残る。
現金は、持っている以上に払えないので、貸方(減少)の合計が借方(増加)の合計を超えることはない。
だから現金の残高は借方に残る。買掛金は、仕入れた以上に払うことがないので貸方に残る。
資産・費用は借方残高、負債・純資産・収益は貸方残高。
覚え方の取っ掛かりは「残高は、増えるときに書いた側に残る」。
前節の7件のうち、現金が動いた行だけをT字の口座に写す。
現 金
─────────────┼─────────────
4/1 資本金 3,000,000 │ 4/5 備 品 1,200,000
4/8 借入金 2,000,000 │ 4/20 支払家賃 200,000
4/12 売 上 500,000 │ 4/28 買掛金 200,000
│ 残高 3,900,000
借方合計 5,500,000、貸方合計 1,600,000+残高 3,900,000。左右がそろう。 この7件だけを拾った時点の現金残高が3,900,000円だ、と1秒で答えられる。
買掛金も同じように写す。
買 掛 金
─────────────┼─────────────
4/28 現 金 200,000 │ 4/10 仕 入 500,000
残高 300,000 │
貸方合計500,000、借方合計200,000。残高300,000は貸方に残る。負債だからだ。
口座の左右に書いてある科目名(現金勘定の「資本金」「備品」など)は、 その取引で反対側に立っていた科目=相手科目で、 「この3,000,000は資本金から来た」という出どころの記録になっている。 相手科目を書いておくと、あとで金額の出所を仕訳帳に戻らずに追える。
資産の口座が貸方残高になっていたら、それは「持っていない財産をマイナスで持っている」状態で、 現実には起こりえない。だから残高が定位置の反対側に出たときは、 記帳ミスか、科目の選択ミスか、あるいは実際に何か特殊なことが起きているかのどれかになる。
例外的に「起きてしまう」代表が当座預金で、 残高を超えて小切手を振り出すと当座預金が貸方残高になる。 これは記帳ミスではなく、銀行が立て替えて払ってくれている状態=実質的な借入なので、 決算では負債(当座借越)に振り替える(第3章)。 逆に言えば、現金や売掛金が貸方残高になっていたら、そちらは疑うべき異常だ。
取引先から受け取った試算表を見るとき、実務でも同じ見方をする。 売掛金が貸方に残っている、現金がマイナスになっている、といった状態は 帳簿が実態を写せていない兆候で、数字そのものより先に確認すべき点になる。
で、幹の話に戻ると、残高が定位置に残るという性質は、覚える知識であると同時に、 帳簿の壊れを自分で見つけるための物差しとして使える。
account は「数え上げる(count)」の系統で、
日本語も英語も「数えて確かめる」という同じ発想から来ている。posting は「郵便で送る」ではなく「柱(post)に貼り出す=台帳に載せる」から来たとされ、
※覚え方としては「元帳という掲示板に貼り出す作業」と考えると位置を間違えにくい。4/12の仕訳を例に、転記を1回通す。
一般化すると、転記は「仕訳の行数だけ勘定側に行が増える」作業で、 仕訳の借方合計と貸方合計が一致している限り、全勘定の借方合計と貸方合計も必ず一致する。 この性質を使って帳簿全体を検算するのが試算表になる。
4/12 (借) 現 金 500,000 (貸) 売 上 900,000
(借) 売 掛 金 400,000
→ 現金勘定 の借方に 500,000(相手科目:売上)
→ 売掛金勘定 の借方に 400,000(相手科目:売上)
→ 売上勘定 の貸方に 900,000(相手科目:諸口)
対抗案1:仕訳帳だけ作り、必要になったら毎回集計する
みずほ食品の1期目は、実際の取引がおよそ1,800行になる。 社長に「現金は」と聞かれるたび、1,800行から現金の行を拾って加減算することになる。 時間の問題以上に深刻なのは、集計するたびに答えが変わりうることだ。 拾い漏れが1行あれば残高が変わり、しかも漏れたことに気づく手段が無い。 勘定口座に写しておけば、集計は1回で済み、結果が帳簿に残るので次回は残高を読むだけになる。
対抗案2:勘定口座だけ作り、仕訳帳を書かない
科目ごとの残高が分かればいいなら、最初から科目のページに直接書けばよさそうに見える。 これで消えるのは取引の単位だ。4/12の現金500,000と売掛金400,000と売上900,000は 本来1つの取引だが、3つの口座にバラバラに書かれると、 「この500,000と、あの400,000が同じ売上の話だった」という結び付きが帳簿から失われる。 売上の相手が誰だったか、いつの取引だったかを追えなくなり、 第1章で見た貸借一致による検算も効かなくなる。1つの取引の左右が別々のページに散るからだ。
Q. 残高を口座の中に書き込むと、借方合計と貸方合計が合わなくなるのでは。 A. 合わせるために書いている。残高は、少ない側に差額として書き足すもので、 現金なら貸方に3,900,000を足して左右をどちらも5,500,000にそろえる。 この書き足した金額が、そのまま次期に繰り越す残高になる。 帳簿を締め切るときの正式な手続きは第12章で扱う。
Q. 収益の勘定が貸方残高になる理由が、現金ほどすっきり分からない。 A. 売上が減る取引が原則として無いからだ。返品や値引きは借方に立つが、 売った以上に返ってくることはないので、貸方合計を超えない。 費用も同じで、使った以上に戻ることはないので借方に残る。 **「反対側は例外的にしか動かない」**ことが、定位置に残高が残る理由になる。
Q. 実務では手書きのT字勘定など使わないのに、覚える意味があるのか。 A. 会計ソフトが自動でやっているのは、まさにこの転記だ。 仕訳を1本入力すると各勘定の残高が即座に変わるのは、内部で同じ処理をしているから。 試験で問われるのはもちろんだが、ソフトが出した残高がおかしいときに 「どの仕訳が、どの勘定の、どちら側を狂わせたのか」を追える人になるかどうかが、この理解で分かれる。
flowchart TD S[仕訳<br/>boki3-ch02-s01] --> J[仕訳帳<br/>日付順] J -- 転記 --> L[総勘定元帳<br/>科目順] L --> R[各勘定の残高] R --> TB[試算表<br/>boki3-ch10-s01] R --> ADJ[決算整理<br/>boki3-ch12-s01] J --> AUX[補助簿<br/>boki3-ch02-s03]
5月末、大垣屋商店から電話が入った。「うちの残り、いくらになってましたか」。 七海は総勘定元帳の売掛金勘定を開く。残高は750,000円。 ところが、この750,000円には揖斐川フーズの分も混ざっている。 大垣屋商店だけの残高は、この帳簿のどこにも書いていない。
総勘定元帳は科目ごとに集める帳簿なので、売掛金という科目の中は1つの塊になる。 相手が2社なら混ざり、20社になればなおさら混ざる。 かといって「大垣屋売掛金」「揖斐川売掛金」と科目を分けると、 取引先が増えるたびに勘定科目が増え、貸借対照表に何十行も売掛金が並ぶことになる。
【要請】 そこで帳簿を2階建てにする。1階は、すべての取引が必ず通る主要簿(仕訳帳・総勘定元帳)。
2階は、主要簿だけでは足りない明細を、必要な科目についてだけ持つ補助簿。
主要簿は決算書を作るための骨格、補助簿は日々の商売を回すための明細で、目的が違う。
補助簿の合計は必ず主要簿の残高と一致するので、明細が増えても勘定科目は増えない。
【由来】 この二階建ては、日本の会計制度が設計したものではなく、
中世イタリアの商人が実務の必要から積み上げた帳簿の使い分けがそのまま残ったものだ。
経緯はこの章の小話で回収する。
金融機関やリース会社が取引先の状況を確かめるとき、決算書の売掛金の総額だけでは判断が付かない。 同じ売掛金1,000万円でも、20社に分散しているのか、1社に集中しているのかで危険度が違う。 さらに、そのうち6か月以上動いていない残高がいくらあるかで、話はまったく変わる。 入金が止まっている残高は、回収できない可能性のある債権が資産として残り続けている状態だからだ。
この「誰にいくら・いつから」は、総勘定元帳では絶対に出てこない。 出てくるのは得意先元帳(売掛金元帳)のほうで、そこから作るのが売掛金の年齢表と呼ばれる資料になる。 取引先に資料を求めるときに「売掛金の明細を」と言えば通じるのは、 どの会社にも補助元帳が存在するからで、これは制度上の書類ではなく実務上の帳簿だ。
逆に、補助簿を作っていない会社は、自社の回収状況を自分でも把握できていないことが多い。 資料が出てこないこと自体が、管理の状態を示す情報になる。
で、幹の話に戻ると、補助簿は試験のための飾りではなく、 主要簿では答えられない「誰に・何が・いつから」に答えるための帳簿だと押さえておけばいい。
4月から5月にかけての掛け売りと回収を並べる。
| 日付 | 取引 | 金額 |
|---|---|---|
| 4/12 | 大垣屋商店へ掛け売り | 400,000 |
| 5/9 | 大垣屋商店へ掛け売り | 500,000 |
| 5/15 | 揖斐川フーズへ掛け売り | 250,000 |
| 5/25 | 大垣屋商店から回収(現金) | 400,000 |
総勘定元帳の売掛金勘定は、借方合計1,150,000・貸方合計400,000で、残高は借方に750,000。 これが決算書に載る金額になる。
得意先元帳のほうは、取引先ごとにページが分かれている。
| 取引先 | 借方 | 貸方 | 残高 |
|---|---|---|---|
| 大垣屋商店 | 400,000+500,000 | 400,000 | 500,000 |
| 揖斐川フーズ | 250,000 | — | 250,000 |
| 合計 | 1,150,000 | 400,000 | 750,000 |
合計が総勘定元帳の売掛金残高750,000と一致している。 これが補助元帳の使い方で、残高は二重に管理されていない。 同じ750,000を、科目でまとめた形と、相手先で分けた形の2通りで持っているだけになる。
補助簿は大きく2種類ある。
ledger は「(動かさずに)置いてある大きな本」を指す語から来たという説が有力。
持ち歩く仕訳帳に対して、店の奥に据え置く本、という対比が名前に残っている。補助簿を「作るか作らないか」は、次の順で決めていく。
一般化すると、補助簿は「主要簿の1科目を、別の切り口で分解したもの」であり、 分解した合計が必ず元に戻ることが唯一の条件になる。 試験では「この取引はどの補助簿に記入されるか」が問われるので、 1つの取引が複数の補助簿に載る場合があることも押さえておく。 5/9の掛け売りなら、売上帳と得意先元帳と商品有高帳の3冊に載る。
5/9 (借) 売 掛 金 500,000 (貸) 売 上 500,000
5/25 (借) 現 金 400,000 (貸) 売 掛 金 400,000
補助簿への記入は仕訳を増やさない。仕訳は主要簿にしか対応しておらず、補助簿は写しの側にある。
対抗案1:取引先ごとに勘定科目を作る(大垣屋売掛金、揖斐川売掛金……)
残高は正しく管理できる。壊れるのは決算書だ。 みずほ食品の得意先が3期目に30社になったとすると、貸借対照表の資産の部に 売掛金の行が30行並ぶ。外部の読み手が知りたいのは「売掛金がいくらあるか」なので、 30行を自分で足し算しなければならない。 さらに、取引先が1社増えるたびに勘定科目を新設することになり、 前期との科目の並びが変わって比較もできなくなる。 外に見せる形は粗く、中で使う形は細かくという要求は、科目を増やす方向では両立しない。
対抗案2:補助簿を作らず、請求書の控えで管理する
多くの小さな会社が実際にやっている方法で、しばらくは回る。 壊れるのは回収があったときだ。大垣屋商店から400,000円の入金があったとき、 それが5月請求分なのか4月請求分なのかを、控えの束から探すことになる。 一部だけ入金された、値引きがあった、という状態が重なると追跡は現実的でなくなる。 補助元帳なら1ページに借方・貸方・残高が並んでいるので、 残高が合わない瞬間にどの行が原因か分かる。
Q. 補助簿は必ず作らなければいけないのか。 A. 法律が全社に義務付けているのは主要簿にあたる部分で、 どの補助簿を持つかは会社が自分の必要から決める。 掛け取引が無い現金商売の店なら得意先元帳は要らないし、 商品を持たない業種なら商品有高帳も要らない。 必要が先にあって帳簿が後という順序を押さえておくと、試験でも「この会社に必要な補助簿は」が読める。
Q. 総勘定元帳と得意先元帳の両方に書くのは、二度手間ではないか。 A. 手間は増えるが、二重管理ではない。総勘定元帳は科目で束ねた数字、 得意先元帳は相手で分けた数字で、合計は必ず一致する。 一致するからこそ、片方の転記漏れをもう片方で検出できる。 手間の見返りは、この検算機能のほうにある。
Q. 1つの取引が3冊の補助簿に載ることがあると聞いて混乱した。 A. 補助簿は切り口ごとの写しなので、切り口の数だけ載って問題ない。 5/9の掛け売りは、「いつ何を売ったか」で売上帳、「誰に売ったか」で得意先元帳、 「どの商品が何個減ったか」で商品有高帳に載る。 同じ取引を3方向から見ているだけで、金額が3倍になるわけではない。
flowchart TD T[取引] --> S[仕訳帳<br/>主要簿] S --> G[総勘定元帳<br/>主要簿] S -.写し.-> A1[現金出納帳・売上帳<br/>補助記入帳] S -.写し.-> A2[得意先元帳・商品有高帳<br/>補助元帳] G --> TB[試算表<br/>boki3-ch10-s01] A2 -. 残高合計が一致 .-> G TB --> FS[決算書<br/>boki3-ch12-s04]
正解: 2
正解: 3
正解: 1
正解: 4
正解: 3