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第1章 帳面をつける理由 — 複式簿記は何を解決した道具か

boki3-ch01 / 幹 約48分・枝 約23分

大垣市の西のはずれ、揖斐川の堤防沿いに「みずほ食品株式会社」という小さな製麺所がある。 社長は水野久司(56)。長年よその製麺所で職人をやっていて、2026年4月1日に自分の会社を立てた。 経理は娘の七海(28)。簿記の勉強を始めたばかりで、この本はだいたい七海がつまずいた順に進む。

この章では、まだ仕訳も勘定科目も出てこない。出てくるのは「なぜ、たった1回の取引を2か所に書くのか」だけ。 ここが腹落ちしていないと、以降の全部が丸暗記になる。逆にここが通れば、 3級の8割は「この形をどの科目に当てはめるか」に変わる。

小話:ヴェネツィアの記帳と、福澤諭吉の訳

複式簿記が世に広まったきっかけは、1494年にヴェネツィアで出版された数学書『スムマ』だとされる。 著者はフランチェスコ会の修道士ルカ・パチョーリ。彼が複式簿記を発明したわけではなく、 当時の商人がすでに使っていた「ヴェネツィア式」の記帳法を、初めて体系立てて活字にした人だ。 だから彼は「簿記の父」ではあっても「複式簿記の祖」ではない、と本人も書いている。

その記帳法では、自分に金を負っている相手(debitore=借り手)を左に、 自分が預かっている相手(creditore=貸し手)を右に並べた。 debit はラテン語 debere(負う)、creditcredere(信じる・預ける)から来ている。 つまり左右の名前は、もともと相手が誰かを表していた。

これを日本語に持ち込んだのが福澤諭吉で、1873年(明治6年)の『帳合之法』で debit を「借方」、credit を「貸方」と訳した。福澤は当初、日本人には分かりにくいと考えて 「出」「入」と訳すことも検討したが、貿易が盛んになれば西洋の帳簿と食い違って困る、 という理由で西洋にならった、という説明が残っている。 つまり「借方=借りている」という日本語の直感が通じないのは、訳語のせいで、あなたの理解力のせいではない。

だから借方・貸方は意味で考えず、位置で覚えたほうが早い。 左が借方、資産と費用の定位置。それだけ持っていれば、この先の全章で困らない。

col:boki3-ch01-c1

なぜ1つの取引を2か所に書くのか

boki3-ch01-s01 / 幹 16分・枝 8分

創業して5日目、水野社長は中古の製麺機を1,200,000円で買った。現金で払った。 その晩、七海が通帳とにらめっこして青くなる。「お父さん、うち今月120万の赤字だよ」。

これがおかしい、という感覚から複式簿記は生まれている。 120万円は消えていない。金庫から出て、工場の中に「製麺機」という形で立っている。 現金という財産が、機械という財産に姿を変えただけだ。 ところが「お金の出入りだけ」を記録する帳面(単式簿記)では、出ていった120万円しか見えない。 財産が減ったのか、形が変わっただけなのかを、帳面が区別できない。

だから複式簿記は、1回の取引を必ず原因と結果の2面で書く。 「現金が1,200,000円減った」と「備品が1,200,000円増えた」を、同じ1本の記録の左右に並べる。 左を借方(かりかた)、右を貸方(かしかた)と呼ぶ。

【必然】 貸方の合計と借方の合計が必ず一致するのは、会計の作法だからではない。 同じ1つの出来事を、原因の側と結果の側から2回書いているからで、 同じ出来事の金額が左右で食い違うことは起こりえない。ここだけは論理で閉じている。 覚え方の取っ掛かりは「1つの出来事に、必ず出どころと行き先がある」。 120万円には出どころ(金庫)と行き先(機械)がある。両方書くから両方の合計が合う。

【由来】 では、なぜ左を「借方」と呼ぶのか。これは論理では出てこない。歴史の産物なので、 このあとの小話(ヴェネツィアの記帳と、福澤諭吉の訳)で回収する。 先に結論だけ言うと、借方・貸方は意味で考えず、位置で覚えたほうが早い

🔧 実務枝 — 銀行が単式の帳面を嫌う理由(約4分)

金融機関が取引先から決算書を受け取ったとき、最初に見るのは「現金がいくら増えたか」ではない。 現金が減っていても、その分だけ機械や建物が増えているなら、それは投資であって損失ではない。 逆に現金が増えていても、中身が全部借入なら財産は増えていない。

小規模事業者の中には、いまも通帳の出入りだけで商売を回している人がいる。 その状態で融資を申し込むと、「儲かっているのか、借りて回しているのか」が資料から読み取れず、 審査する側は判断材料を作るところから始めることになる。複式で書かれた帳面が価値を持つのは、 まさにこの「形が変わっただけ/本当に減った」の区別が、他人にも読める形で残るからだ。

で、幹の話に戻ると、2か所に書くのは几帳面さの問題ではなく、 財産の増減と、財産の形の変化を、他人が読み分けられるようにするためだと押さえておけばいい。

具体例:製麺機を買った日

みずほ食品の最初の3件を、単式と複式で並べてみる。

日付 取引 単式(現金出納帳だけ) 複式(2面で書く)
4/1 社長が3,000,000円を出資して会社設立 現金 +3,000,000 現金 +3,000,000 / 資本金 +3,000,000
4/5 製麺機 1,200,000円を現金購入 現金 −1,200,000 備品 +1,200,000 / 現金 −1,200,000
4/8 大垣中央銀行から 2,000,000円を借入(現金) 現金 +2,000,000 現金 +2,000,000 / 借入金 +2,000,000

単式の列だけを見ると、手元は 3,000,000 − 1,200,000 + 2,000,000 = 3,800,000円。 数字は合っている。合っているのに、この列からは次のことがまったく読めない

複式の列なら、この3つが全部残る。 財産(現金3,800,000+備品1,200,000=5,000,000)= 借金2,000,000 + 元手3,000,000。 両側が5,000,000で釣り合う。これが後で出てくる貸借対照表そのものになる。

用語カード

用語カード:借方(かりかた) term:karikata
用語カード:貸方(かしかた) term:kashikata

手順

まず 4/5 の製麺機で1回通す。

  1. 何が動いたかを2つ挙げる。 現金と、製麺機。必ず2つ以上出てくる。1つしか出てこないなら、 それは取引ではないか、見落としがある。
  2. それぞれ増えたか減ったかを言う。 現金は減った。製麺機(備品)は増えた。
  3. 増えた財産を左(借方)、減った財産を右(貸方)に置く。 備品 1,200,000 が左、現金 1,200,000 が右。
  4. 左右の合計が一致するか確かめる。 1,200,000 = 1,200,000。合う。

一般化すると、複式簿記の1行は必ず 「(増えた側の科目・金額)|(減った側または調達元の科目・金額)」という形をとり、 左右の合計が一致する。この形を仕訳という。組み立て方の細かい話は第2章で扱う。

仕訳の型

4/1  (借) 現 金 3,000,000   (貸) 資 本 金 3,000,000
4/5  (借) 備 品 1,200,000   (貸) 現   金 1,200,000
4/8  (借) 現 金 2,000,000   (貸) 借 入 金 2,000,000

3行とも、**左は「何になったか」、右は「どこから来たか」**で揃っている。これが左右を見分ける最初の足場になる。

なぜ他ではダメなのか

七海が最初に思いつくやり方は2つある。どちらも実際に途中まで動くが、必ず壊れる。

対抗案1:現金の出入りだけ書く(単式簿記)

上の表のとおり、4/8 時点の手元は 3,800,000円。これだけを見て「創業1週間で80万円増えた、順調だ」と読める。 だが実態は、2,000,000円を借りたから増えているだけで、自前の元手 3,000,000円は すでに 1,200,000円が機械に変わっている。単式では借りた金と稼いだ金が同じ「+」に見える。 この帳面のまま1年走ると、決算で「利益はいくらか」に答えられない。答えられないので、 納税額も、銀行に出す決算書も作れない。

対抗案2:科目ごとにメモを分ける(現金メモ・機械メモ・借金メモ)

一見これで足りそうに見える。実際、財産の一覧は作れる。壊れるのは書き漏らしを検出できない点だ。 4/5 に「現金メモに −1,200,000」と書いて、「機械メモに +1,200,000」と書き忘れたとする。 単独のメモはどれも辻褄が合っているので、間違いに気づく手がかりがない。 複式なら、同じ1行の左右が 1,200,000 と 0 になり、合計が合わなくなる。 貸借の一致は、記録の正しさを自動で検算する仕組みでもある(これを形にしたのが試算表)。

よくある間違い

ここで引っかかるはず

Q. 左右の合計が一致するなら、片方だけ書いて2倍すればよいのでは? A. 一致するのは金額だけで、科目が違う。4/5 の借方は備品、貸方は現金で、 金額は同じでも意味は正反対(増えた側と減った側)。片側だけでは、 現金が何に変わったのかが残らない。合計が一致するのは結果であって、目的ではない。

Q. 「借方=左」を毎回思い出せない。何かいい手はないか。 A. ひらがなにして書き順で覚える手がよく使われる。「かりた」の「り」は左に払い、 「かした」の「し」は右に払う、という覚え方。 ※覚え方としての語呂であって、語源上の理由ではない(本当の理由は小話のとおり歴史的な経緯)。

Q. 3つ以上の科目が絡む取引はどうなるのか。 A. 左右それぞれ何行あってもよく、左の合計=右の合計であればいい。 たとえば 500,000円の商品を、現金 200,000円と掛け 300,000円で売れば、 借方が現金 200,000/売掛金 300,000 の2行、貸方が売上 500,000 の1行になる。 このような形を諸口(しょくち)と呼ぶ。第4章で実際に出てくる。

関連マップ

flowchart LR
  A[取引が起きる] --> B[2面に分解する<br/>原因と結果]
  B --> C[仕訳<br/>boki3-ch02-s01]
  C --> D[勘定口座へ転記<br/>boki3-ch02-s02]
  D --> E[試算表で検算<br/>boki3-ch10-s01]
  E --> F[決算・財務諸表<br/>boki3-ch12-s04]
  B -.貸借一致.-> E

5つの箱に仕分ける — 資産・負債・純資産・収益・費用

boki3-ch01-s02 / 幹 18分・枝 9分

前の節で、みずほ食品には「現金」「備品」「借入金」「資本金」という4つの名前が出てきた。 このまま取引が増えると名前は数十個になる。七海が次に詰まったのはここで、 「この科目は左か右か」を1つずつ覚えようとして、40個目くらいで破綻した。

1つずつ覚える必要はない。科目は5種類の箱のどれかに必ず入り、箱ごとに定位置が決まっている。 覚えるのは40個ではなく5個でいい。

5つの箱は、次の2つの問いで機械的に決まる。

  1. その科目は、決算日という「一瞬」の状態を表すか、1年間という「期間」の流れを表すか。 一瞬の状態なら資産・負債・純資産。期間の流れなら収益・費用。
  2. 一瞬の状態なら、それは持っているもの(資産)か、返すもの(負債)か、残りの取り分(純資産)か。

【必然】 純資産が「資産 − 負債」で決まるのは、定義上そうなるという以上の意味がある。 会社の財産のうち、他人に返す分(負債)を先に差し引いた残りが、出資者の取り分になる。 返す義務のある人が先、残りが出資者という順序は、会社が解散したときの実際の分配順そのものだ。 覚え方の取っ掛かりは「銀行が先、社長が最後」。

【要請】 収益と費用をわざわざ資産・負債と別の箱にするのは、 「1年でいくら儲かったか」を期間で区切って比較したいからだ。 財産の残高だけを見ていると、前期と当期の比較ができない。 利害関係者(銀行・税務署・株主)に「この1年の成績」を報告するために、期間の箱が要る。

🔗 隣枝 — なぜ「純資産」で、昔は「資本」と呼んでいたのか(約4分)

古い教科書やベテランの口からは、いまでも「資本の部」という言い方が出てくる。 現在の貸借対照表では「純資産の部」と呼ぶ。呼び名が変わったのは、 出資者の取り分(資本金・剰余金)だけでなく、 出資者の取り分とは言い切れない項目(評価差額や新株予約権など)もそこに入るようになり、 「資本」という言葉では中身を言い表せなくなったため。

3級で扱う範囲では中身が資本金と繰越利益剰余金だけなので、実質「資本=純資産」で困らない。 2級に上がるとその他有価証券評価差額金のように 「損益を通さず純資産に直接乗る」項目が出てきて、この呼び分けが効いてくる。

で、幹の話に戻ると、3級のうちは純資産の箱を「資産から負債を引いた残り、社長の取り分」と 理解しておけば十分で、名前の揺れは2級で回収すればいい。

具体例:みずほ食品 4月末の中身

4月末までに起きたことを、5つの箱に振り分けてみる。

科目 金額 なぜその箱か
現金 資産 2,300,000 持っている。使える
売掛金 資産 400,000 大垣屋商店から後で受け取れる権利
備品(製麺機) 資産 1,200,000 持っている。使って稼ぐ
買掛金 負債 300,000 西美濃製粉に後で払う義務
借入金 負債 2,000,000 大垣中央銀行に返す義務
資本金 純資産 3,000,000 社長が入れた元手
売上 収益 900,000 4月に売れた麺の代金
仕入 費用 500,000 4月に使った小麦粉などの代金
支払家賃 費用 200,000 4月の工場の家賃

検算する。資産 2,300,000 + 400,000 + 1,200,000 = 3,900,000。 負債 300,000 + 2,000,000 = 2,300,000。差し引き 1,600,000 が純資産。 その内訳は、元手 3,000,000 ではなく、元手 3,000,000 に4月の成績を足したもの…… のはずが、合わない。3,000,000 に対して 1,600,000 は少なすぎる

ここで気づいてほしいのは、上の表がまだ4月末の「途中経過」で、 4月中に現金で払った家賃や仕入がすでに現金を減らしていること。 収益 900,000 − 費用 700,000 = 200,000 の利益が出ているので、 本来の純資産は 3,000,000 + 200,000 = 3,200,000 になるはずだ。 差の 1,600,000 は表に載せていない取引(機械の購入で減った現金など)が原因で、 5つの箱に全部を漏れなく入れて初めて釣り合う。この釣り合いを次の節で正面から扱う。

用語カード

用語カード:資産 term:shisan
用語カード:負債 term:fusai
用語カード:純資産 term:junshisan
用語カード:収益 term:shueki
用語カード:費用 term:hiyo

手順

新しい科目に出会ったときの振り分けは、次の順で聞けば必ず1つに決まる。

  1. 「決算日に残るか」を聞く。 残るなら資産・負債・純資産のどれか。 残らず1年で使い切る/稼ぎ切るなら収益・費用のどちらか。
  2. 残るなら → 他人に返すか? 返す=負債。返さず自分のものとして持っている=資産。 資産でも負債でもない残り=純資産。
  3. 残らないなら → 会社に入ってくる側か、出ていく側か。 入る=収益、出る=費用。
  4. 決まった箱の定位置を当てる。資産・費用は増えたら左。負債・純資産・収益は増えたら右。

例で通す。「受取手数料」。決算日に残らない(もらって終わり)→ 入ってくる側 → 収益 → 増えたら右。 「前払家賃」。決算日に残る(来期ぶんの家賃を先に払った権利)→ 返してもらう側ではなく サービスを受け取る権利として持っている → 資産 → 増えたら左。

仕訳の型

4/12 麺を 900,000円で販売、代金は現金 500,000円と掛け 400,000円
     (借) 現   金 500,000   (貸) 売 上 900,000
     (借) 売 掛 金 400,000
4/20 工場家賃 200,000円を現金で支払い
     (借) 支払家賃 200,000   (貸) 現 金 200,000

この「収益・費用は純資産の増減を細かく分けたもの」という見方が、次の節の主役になる。

なぜ他ではダメなのか

対抗案1:箱を分けず、全部「財産の増減」で書く

売上も、借入も、出資も、現金が増える点では同じ。だから区別せず1本にする、という発想はありうる。 みずほ食品の4月で試すと、現金の増加は 3,000,000(出資)+2,000,000(借入)+500,000(売上)=5,500,000。 この 5,500,000 を見て「5,500,000円稼いだ」と言えるか。言えない。 2,000,000は返す金、3,000,000は元手で、稼いだのは 900,000円分だけ。 箱を分けないと、返す金・預かった元手・稼いだ金が全部同じ数字に溶ける

対抗案2:資産・負債・純資産の3箱だけにして、収益・費用は純資産に直接足し引きする

理屈の上ではこれで貸借は合う。実際、収益と費用は最終的に純資産に吸い込まれる(次の節)。 だが、こうすると4月末の純資産 3,200,000 という数字しか残らない。 「売上が900,000で、仕入が500,000で、家賃が200,000だったから200,000残った」という内訳が消える。 翌月に利益が落ちたとき、売れなかったのか、小麦粉が値上がりしたのか、 帳面から原因を追えない。損益計算書という報告書が成立するのは、この5箱目までの分解があるからだ。

よくある間違い

ここで引っかかるはず

Q. 資産が増えたら借方、という定位置はどこから来ているのか。逆でもよかったのでは? A. 論理的にはどちらでもよく、実際に歴史的な習慣で決まっている【由来】)。 中世イタリアの商人が、自分に金を借りている相手(債務者)を左のページに、 自分が金を預かっている相手(債権者)を右のページに並べた。 「相手が自分に負っている=自分にとっての財産」が左だったので、資産が左に残った。 論理で導けない部分なので、小話で経緯ごと覚えてしまうのが早い。

Q. 5つの箱に入らない科目が出てきたらどうするのか。 A. 3級・2級の範囲では出てこない。ただし「どの箱か迷う科目」はある。 現金過不足仮払金は、 中身が決まるまでの一時置き場で、決算までに必ずどれかの箱へ振り替える。 迷う科目は「まだ確定していない印」だと思っておくといい。

Q. 収益が増えると純資産が増える、というのが実感できない。 A. 900,000円の麺を売って現金が入ると、資産が900,000増える。 このとき返す義務(負債)は増えていない。資産だけが増えて負債が増えなければ、 資産 − 負債 = 純資産 は必ず増える。売上は、負債を伴わない資産の増加だと言い換えると通りやすい。

関連マップ

flowchart TD
  Z[取引] --> A{決算日に残るか}
  A -- 残る --> B{他人に返すか}
  A -- 残らない --> C{入る / 出る}
  B -- 返す --> F[負債<br/>増えたら貸方]
  B -- 返さない --> S[資産<br/>増えたら借方]
  B -- 残り --> J[純資産<br/>増えたら貸方]
  C -- 入る --> R[収益<br/>増えたら貸方]
  C -- 出る --> E[費用<br/>増えたら借方]
  R --> J
  E --> J

貸借対照表と損益計算書が同じ利益を指す理由

boki3-ch01-s03 / 幹 14分・枝 6分

3月31日、みずほ食品の1期目が終わる。七海は2枚の紙を作ることになる。 1枚は「3月31日時点で会社に何があるか」を並べた紙、もう1枚は 「4月1日から3月31日までにいくら儲けたか」を並べた紙。 前者が貸借対照表(B/S)、後者が損益計算書(P/L)。

ここで多くの人が引っかかる。別々の紙なのに、なぜ同じ「当期純利益」が出てくるのか。 偶然でも、片方から書き写しているのでもない。2枚は同じ事実を別の角度から切っているだけで、 一致するのは必然になっている。

【必然】 期首の純資産に、その期に稼いだ分を足したものが期末の純資産になる。 一方で、稼いだ分は収益 − 費用でも計算できる。 同じ「1年で増えた取り分」を、残高の差で測るか、流れの差で測るかの違いしかないので、 両者は必ず一致する。覚え方の取っ掛かりは「貯金通帳の残高の増え方=1年の収入−支出」。

具体例:みずほ食品 第1期の2枚

1期目(2026/4/1〜2027/3/31)の結果を、思い切り単純化して置く。

損益計算書(1年間の流れ)

費用 金額 収益 金額
仕入 7,200,000 売上 11,500,000
支払家賃 2,400,000 受取利息 5,000
減価償却費 150,000
その他費用 955,000
当期純利益 800,000
合計 11,505,000 合計 11,505,000

貸借対照表(3月31日の一瞬)

資産 金額 負債・純資産 金額
現金 1,850,000 買掛金 600,000
売掛金 900,000 借入金 1,500,000
商品 300,000 資本金 3,000,000
備品 1,050,000 繰越利益剰余金 800,000
合計 5,900,000 合計 5,900,000

損益計算書の当期純利益 800,000 と、貸借対照表の繰越利益剰余金 800,000 が一致している。 1期目は期首の剰余金がゼロなので、そのまま同額になる。 2期目以降は「期首の繰越利益剰余金 + 当期純利益 − 配当」が期末残高になる(第9章)。

用語カード

用語カード:貸借対照表(B/S) term:taishakutaishohyo
用語カード:損益計算書(P/L) term:soneki

手順

2枚が一致することを、自分で検算できるようにしておく。

  1. 期首の純資産を出す。 みずほ食品は 3,000,000(資本金のみ、剰余金ゼロ)。
  2. 期末の純資産を出す。 資産 5,900,000 − 負債 2,100,000 = 3,800,000。
  3. 差を取る。 3,800,000 − 3,000,000 = 800,000。これが1年で増えた取り分(財産法)。
  4. 損益計算書の収益 − 費用を出す。 11,505,000 − 10,705,000 = 800,000(損益法)。
  5. 3と4が一致すればよい。 一致しなければ、途中の仕訳か集計が壊れている。

ただし2期目以降は、期中に増資したり配当を出したりすると純資産が動く。 その場合は 3 から増資分を引き、配当分を足してから比べる。

仕訳の型

決算では、収益と費用の残高を損益という箱に集め、差額を繰越利益剰余金へ移す。

3/31 収益を損益へ集める
     (借) 売   上 11,500,000   (貸) 損 益 11,505,000
     (借) 受取利息      5,000
3/31 費用を損益へ集める
     (借) 損   益 10,705,000   (貸) 仕     入 7,200,000
                                (貸) 支払家賃 2,400,000
                                (貸) 減価償却費 150,000
                                (貸) その他費用  955,000
3/31 損益の残り(利益)を純資産へ移す
     (借) 損   益    800,000   (貸) 繰越利益剰余金 800,000
🔧 実務枝 — 銀行が見るのはB/SかP/Lか(約6分)

融資審査の現場では、まずB/Sを見る、という言い方をよく聞く。理由は単純で、 P/Lの利益は1年ぶんの成績にすぎないが、B/Sには過去の全期間の結果が積み上がっているからだ。 繰越利益剰余金がマイナス(欠損)なら、それは「創業以来の累計で食い潰している」ことを意味する。 1年だけ黒字でも、累計が大きくマイナスなら評価は変わらない。

一方で、その年の返済能力を見るときはP/L側の利益に減価償却費を足し戻した金額を使う。 減価償却費は費用だが現金が出ていかないので、返済に回せる金として扱えるからだ。 みずほ食品なら 800,000 + 150,000 = 950,000 が1年で返済に充てられる目安になる。 借入金 1,500,000 なら、単純計算で1.6年で返せる水準、という読み方をする。

で、幹の話に戻ると、2枚は用途が違うだけで矛盾しない。 B/Sは累計の到達点、P/Lはこの1年の動き、そして両者を繋いでいるのが当期純利益の1行だ。

なぜ他ではダメなのか

対抗案1:貸借対照表だけ作る

期首と期末の純資産の差で利益は出るので、計算としては成立する(これが財産法)。 みずほ食品なら 3,800,000 − 3,000,000 = 800,000 で確かに利益は出る。 壊れるのは原因が分からない点。800,000という結果は分かるが、 売上が伸びたのか、家賃を抑えたのか、去年より小麦粉が安かったのかが読めない。 来期の打ち手を決める材料にならない。

対抗案2:損益計算書だけ作る

1年の成績は分かる。だが、期末に会社が何を持っていて、いくら返さなければいけないかが残らない。 利益 800,000 が出ていても、売掛金が 900,000 あって現金が 1,850,000 しかない状態と、 現金が 2,750,000 ある状態では、支払能力がまったく違う。 利益が出ていても現金が尽きれば会社は止まるので、残高の紙は外せない。

よくある間違い

ここで引っかかるはず

Q. 損益計算書の左に「当期純利益」を書くのが気持ち悪い。利益は費用ではないのに。 A. そこに書いてあるのは費用ではなく、左右を釣り合わせるための差額。 収益(右)のほうが大きいので、左に差額を置かないと合計が合わない。 「利益は、収益という右の山からこぼれた分を左で受け止めた数字」と見ると納得しやすい。 損が出た期は逆に右側に当期純損失が並ぶ。

Q. 期中に社長が追加で出資したら、財産法の計算は狂わないか。 A. 狂う。だから財産法は「期末純資産 − 期首純資産 − 増資 + 配当」で調整する。 増資は稼いだ分ではないので、利益から除く必要がある。 逆に言えば、この調整をせずに数字が合わないときは、期中の資本取引を疑うとよい。

Q. 2枚が一致しないとき、どこから探せばよいか。 A. 順序としては、①試算表で借方合計と貸方合計が合っているか、 ②決算整理仕訳を漏れなく入れたか、③損益振替の金額が全科目ぶん揃っているか、の順に見る。 ①で合っていて②③で崩れるなら、原因は決算整理に絞れる。詳しくは第12章

関連マップ

flowchart LR
  subgraph 期中
    T[日々の取引] --> S[仕訳] --> G[総勘定元帳]
  end
  G --> TB[試算表<br/>boki3-ch10-s01]
  TB --> ADJ[決算整理<br/>boki3-ch12-s01]
  ADJ --> PL[損益計算書]
  ADJ --> BS[貸借対照表]
  PL -- 当期純利益 --> BS

確認問題

みずほ食品は、営業用のパソコン 180,000円を現金で購入した。この取引を複式簿記で記録するとき、
借方に来る科目として正しいものはどれか。
  1. 現金
  2. 資本金
  3. 備品
  4. 買掛金
答えと解説

正解: 3

正解の根拠: パソコンという財産(資産)が増えたので、資産の増加を借方に書く。減った現金は貸方に立つ。左は「何になったか」、右は「どこから来たか」。
誤答1: 現金は減った側なので貸方。借方に置くと、現金が増えたことになってしまう。
誤答2: 資本金は出資を受けたときに動く純資産の科目で、備品の購入では動かない。
誤答4: 買掛金は商品を掛けで仕入れたときの負債。ここは現金払いなので使わない。

参照: boki3-ch01-s01 term:karikata

次のうち、「費用」の箱に入る科目はどれか。
  1. 前払家賃
  2. 支払家賃
  3. 前受金
  4. 売掛金
答えと解説

正解: 2

正解の根拠: 支払家賃はその期に使い切ったサービスの対価で、決算日に残らない。出ていく側なので費用、増えたら借方。
誤答1: 前払家賃は来期ぶんを先に払った状態で、来期にサービスを受ける権利が決算日に残る。よって資産。
誤答3: 前受金は代金を先に受け取って、まだ商品を渡していない状態。渡す義務が残るので負債。
誤答4: 売掛金は後で代金を受け取れる権利で、決算日に残るので資産。

参照: boki3-ch01-s02 term:hiyo

ある会社の期首純資産が 4,000,000円、期末純資産が 4,900,000円であった。
期中に増資 300,000円を行い、配当は行っていない。この期の当期純利益はいくらか。
  1. 600,000円
  2. 900,000円
  3. 300,000円
  4. 1,200,000円
答えと解説

正解: 1

正解の根拠: 純資産の増加 900,000円のうち 300,000円は増資によるもので、稼いだ分ではない。900,000 − 300,000 = 600,000 が当期純利益。
誤答2: 900,000円は純資産の増加額そのもので、増資を差し引いていない。
誤答3: 300,000円は増資額であって、利益ではない。
誤答4: 増資を引くのではなく足してしまった数字。増資は利益に含めない。

参照: boki3-ch01-s03 term:taishakutaishohyo

複式簿記で借方合計と貸方合計が必ず一致する理由として、最も適切なものはどれか。
  1. 会計基準がそのように定めているため
  2. 貸借対照表の左右が釣り合う様式になっているため
  3. 決算のときに差額を調整して合わせるため
  4. 1つの取引を、原因の側と結果の側から2回記録しているため
答えと解説

正解: 4

正解の根拠: 同じ1つの出来事を2つの側面から同額で書いているので、左右が食い違うことは起こりえない。この性質を利用して記帳漏れを検出するのが試算表。
誤答1: 基準が定めたから一致するのではなく、記録の仕組み上そうなる。基準は表示の様式を定めているだけ。
誤答2: 貸借対照表が釣り合うのは結果であって、仕訳段階の一致の理由ではない。
誤答3: 差額で無理に合わせるのは誤りを隠す行為で、一致の理由ではない。合わないときは原因を探す。

参照: boki3-ch01-s01 boki3-ch01-s02