3期目の4月、みずほ食品は彦根に湖東支店を出した。 台湾向けの乾麺輸出を始めるにあたって、港と検査機関に近い滋賀側に窓口が要ること、 そして長浜から東近江にかけての卸売先が増えて、大垣から通うには遠くなりすぎたこと。 理由はその2つで、社長は湖東支店に2人を置き、彦根の倉庫を借りた。
七海がまず言われたのは「支店の帳簿は彦根で付けてもらう」だった。 納得できなかった。会社は1つで、社長も1人、銀行口座も大垣のものを使う。 なぜ帳簿だけ2冊に分けるのか。しかも支店の帳簿を覗くと、 大垣では見たことのない「本店」という勘定が、資本金のような顔をして貸方に座っている。
この章はその2つを扱う。帳簿を分けるのは何のためか、 そして分けたものを、外に出すときにどうやって1つに戻すか。 後半で出てくる「1つの単位として見せるために、内部の取引を消す」という発想は、 そのまま次の第12章の連結会計に繋がっている。 本支店会計は、連結の練習台でもある。
本店・支店の「店」は、もともと「見世棚(みせだな)」の略だとされる。 商品を通りに面して並べ、道行く人に見せるために置いた棚のことで、 その棚がある場所そのものを「みせ」と呼ぶようになった。 江戸期の商家を「大店(おおだな)」と呼ぶのも、この「たな」の読みが残ったものだ。
江戸期の大きな商家は、京都・大坂・江戸に店を構えて商いをしていた。 仕入れをする土地と売る土地が離れていれば、店ごとに帳簿を持たせて、 現地の番頭に日々の判断をさせるほかない。 三井家では1710年に大元方という統括機関を置き、各店から利益を集約して 一族全体の資産を管理する仕組みを作ったとされる。 店ごとに帳面を持たせながら、最後は1か所に集めて全体を見る。 本支店会計がやっていることと、構造としてはよく似ている。
だから支店に帳簿を持たせるのは近代会計の発明ではなく、 離れた場所で商売をすれば必然的にそうなるという、商いの都合から生まれた形になる。 そして集めて1つに戻すときに、店から店へ動かしただけの分を数えないという作業も、 同じくらい古くから必要だったはずだ。
かつて、決算期末になると自社の倉庫から系列販社の倉庫へ商品を大量に送り、 販社側では売れないまま在庫として積み上がる、という商慣行があちこちにあった。 送った側の決算書には売上と利益が立ち、受け取った側の倉庫は膨らむ。 グループの外には1本も売れていないのに、親会社の数字だけがきれいになる。 業界では押し込み販売と呼ばれた。
この方法には終わりがない。翌期も同じ利益を出すには、前期より多く押し込むしかなく、 販社の在庫は毎年増えていく。やがて販社の資金が回らなくなり、 親会社が資金を貸し、その貸付金がまた膨らむ。 最後は在庫の評価損として一度に表に出ることになる。
連結財務諸表が制度として重みを持つようになった理由の一つがここにある。 親会社の単体決算だけを見ていると、グループの中で回した分が利益に見えてしまう。 本支店会計で期末商品から内部利益を50,000円抜くのは、 規模こそ小さいが、まったく同じ穴を塞ぐ作業だ。 だから内部利益の控除は計算問題の作法ではなく、 社内で棚から棚へ移して利益を作らせないための仕組みとして覚えるほうが早い。
4月の第2週、七海は彦根に3日通って、支店用の帳簿を1冊仕立てた。 現金出納帳、売掛金元帳、仕入帳。大垣にあるものと同じ形のものを、もう一組作る。 社長には「面倒なことをするな」と言われたが、七海には引っかかっていることがあった。 彦根で売った分と大垣で売った分を混ぜて帳簿に流し込むと、 彦根に2人置いて倉庫を借りた判断が正しかったのか、後から誰にも確かめられない。
【要請】 帳簿を分ける理由の1つ目はここにある。
会計の目的は、その期の成績を測って次の判断に使えるようにすることで、
測る単位を粗くすると判断の材料が消える。
彦根の売上、彦根の仕入、彦根の人件費と家賃を、彦根の帳簿に閉じて集計しておけば、
期末に「湖東支店は1年でいくら稼いだのか」が数字で出る。
出さなければ、支店を続けるか畳むかを、社長の勘だけで決めることになる。
理由の2つ目は、その場で判断させることにある。 彦根の得意先が「今日中に300ケース欲しい」と言ったとき、 在庫と与信残を大垣に電話で聞いてから返事をするようでは商売にならない。 支店に帳簿があれば、支店長が自分の帳簿を見て即答できる。 帳簿は成績表であると同時に、その拠点で意思決定するための手元資料でもある。
問題はここからで、2冊に分けた瞬間、大垣と彦根をまたぐ取引が宙に浮く。 本店が支店の開設資金800,000円を送金したとき、大垣の帳簿では当座預金が減る。 減った相手は誰か。彦根の現金が増えているが、それは別の帳簿にある。 借方に書く相手科目が、自分の帳簿の中に存在しない。
【必然】 そこで、大垣の帳簿に「支店」という勘定を、彦根の帳簿に「本店」という勘定を置く。
本店から見れば、送った800,000円は彦根に置いてある自分の持ち分であり、資産の性格を持つ。
支店から見れば、その800,000円は本店から預かって使わせてもらっている元手であり、
返すべきもの=負債・純資産の性格を持つ。
1つの取引を2冊にまたがって書いているのだから、
片方の借方に立ったものは、必ずもう片方の貸方に立つ。
だから支店勘定と本店勘定は、常に同じ金額で、貸借が逆になる。
一致しないとしたら、どちらかがまだ書いていないだけだ。
覚え方の取っ掛かりは「鏡」。支店勘定と本店勘定は、同じ1つの関係を左右から見た像で、 実体が2つあるわけではない。だから会社の外に出すときには、 2つとも消えてなくならないと計算が合わない。
支店ごとの損益が出るようになると、次に必ず起きるのが「本部費をどう配るか」という話になる。 大垣の本店には、社長・経理・総務がいて、彦根の分の給与計算も請求書発行もそこでやっている。 その費用を大垣に全部残せば、湖東支店の利益は実際より大きく見える。 売上高で按分するのか、人員数で按分するのか、そもそも配らないのか。 配り方を変えるだけで、支店の当期純利益は数十万円単位で動く。
だから取引先の「部門別・支店別の収支表」を見せられたとき、 まず聞くのは金額ではなく配賦のルールになる。 本部費を配っていない表なら、支店の利益はその分だけ甘い。 逆に、閉鎖を決めたい拠点にだけ重く配っている表も現実にある。
もう1つ見るのが、支店勘定の残高そのものだ。 本店の帳簿に「支店 1,825,000」と立っているとき、それは本店が彦根に投じた金額から、 彦根が本店に戻した金額を差し引いた正味の投下額を表している。 残高が期を追って膨らみ続けている支店は、自分で回っていない。 売上が伸びていても、その伸びを本店からの送金が支えているだけ、という状態が読める。
で、幹の話に戻ると、支店勘定と本店勘定は帳簿を繋ぐための道具であると同時に、 「本店がその拠点にいくら突っ込んでいるか」という、読み方のある数字でもある。
英語の branch は「木の枝」で、銀行や商社の支店を branch と呼ぶのはその比喩がそのまま残ったものだ。
語源としては後期ラテン語の branca(獣の前足)に遡るとされ、
幹から分かれて伸びるものを指す言葉が、組織の分かれ方に転用された。
日本語の「支店」の「支」も、もとは枝分かれを表す字で、 「支流」「支線」「支部」と同じ使い方をしている。 本店の「本」は木の根もと、つまり幹のことだ。 本と支で、幹と枝という同じ絵を漢字が描いている。
※覚え方として、この教材の枝分かれ構造と同じだと思えばいい。 幹から枝が伸びていても、枝は幹の一部であって別の木ではない。 だから枝で稼いだ分も、最後は1本の木の成長として合算される。 逆に、別の木として植えたのが子会社で、そちらは第12章の連結の話になる。
で、幹の話に戻ると、支店が本店と同じ法人の一部だという当たり前の事実が、 「最後は1つの財務諸表にまとめる」というこの章の結論をあらかじめ決めている。
本店の支店勘定と支店の本店勘定がずれるのは、金額を間違えたからではなく、 同じ事実を知る時点がずれているからだ。 3月28日に大垣を出た商品は、大垣ではその日に帳簿に載る。 彦根に届くのが4月2日なら、支店の帳簿には3月中に載りようがない。
これはすでに銀行勘定調整表で1度扱った形と同じだ。 当座預金の帳簿残高と銀行の残高がずれるのも、 時間外預入や未取付小切手のように、 どちらか一方だけがまだ知らない事実があるからだった。 調整の考え方も同じで、まだ知らない側に、知っている側の事実を書き足す。
違いは1点だけある。銀行勘定調整表の未取付小切手のように、 自分の帳簿を直さなくてよい項目(銀行側で調整するもの)は、本支店にはない。 本店も支店も同じ会社の帳簿なので、未達はすべて自分たちで仕訳を切って埋める。
で、幹の話に戻ると、未達取引の整理は新しい手続きではなく、 「時点のズレは、遅れている側に書き足して揃える」という3級から続く同じ動作の当てはめになる。
3期目に大垣と彦根をまたいだ取引は、大きく5つだった。 本店の帳簿にある「支店」勘定に、順に書き込んでいく。 なお本店は支店へ商品を送るとき、原価に10%を乗せた振替価格で送っている (この10%が何のためにあるかは次の節で扱う)。
| 日付 | 内容 | 支店勘定 借方 | 支店勘定 貸方 |
|---|---|---|---|
| 4/ 1 | 開設資金を当座預金から送金 | 800,000 | |
| 6/10 | 商品を発送(原価1,000,000/振替価格1,100,000) | 1,100,000 | |
| 8/20 | 支店の火災保険料を本店が立替払い | 60,000 | |
| 12/ 5 | 支店が本店の売掛金200,000を現金で回収 | 200,000 | |
| 2/15 | 支店から本店へ現金を送金 | 500,000 | |
| 3/28 | 商品を発送(原価150,000/振替価格165,000) | 165,000 | |
| 合計 | 2,325,000 | 500,000 |
本店の支店勘定の残高は 2,325,000 − 500,000 = 1,825,000円(借方)。
一方、彦根の帳簿にある「本店」勘定はこうなっていた。
| 日付 | 内容 | 本店勘定 借方 | 本店勘定 貸方 |
|---|---|---|---|
| 4/ 1 | 開設資金を受け取り | 800,000 | |
| 6/12 | 本店から商品が届いた | 1,100,000 | |
| 8/20 | 火災保険料を本店が払ってくれた | 60,000 | |
| 12/ 5 | 本店の売掛金を回収した | 200,000 | |
| 2/15 | 本店へ送金した | 500,000 | |
| 3/30 | 本店の売掛金80,000を現金で回収した | 80,000 | |
| 合計 | 500,000 | 2,240,000 |
支店の本店勘定の残高は 2,240,000 − 500,000 = 1,740,000円(貸方)。
鏡合わせのはずが、1,825,000 と 1,740,000 で 85,000円合わない。 差の中身を1件ずつ潰すと、原因は2つだった。
165,000 − 80,000 = 85,000。差額の正体はこれで説明がついた。 両方を書き足すと、支店勘定 1,825,000 + 80,000 = 1,905,000、 本店勘定 1,740,000 + 165,000 = 1,905,000 で一致する。
3月31日、七海がやった作業をそのまま並べる。
一般化すると、未達整理は 「相手が知らない事実を、知らない側の帳簿に書き足す」 だけの作業で、 新しい科目も新しい計算も出てこない。 気をつける点は2つある。1つは、差額を1つの仕訳で埋めないこと。 85,000円を1本で消すと、支店の仕入165,000円と本店の売掛金の回収80,000円が両方とも記録から漏れる。 もう1つは、未達の商品が期末商品棚卸高に入ること。 3/28に大垣を出た165,000円は、31日の時点でトラックの上にあっても、 所有しているのはみずほ食品なので、支店の期末商品に含める。
本店と支店の仕訳を、必ず左右に並べて書く。片方だけ書いて満足すると、そこが未達になる。
4/ 1 開設資金800,000を本店の当座預金から送金
本店 (借) 支 店 800,000 (貸) 当座預金 800,000
支店 (借) 現 金 800,000 (貸) 本 店 800,000
6/10 本店が商品を発送(原価1,000,000・振替価格1,100,000)
本店 (借) 支 店 1,100,000 (貸) 支店へ売上 1,100,000
支店 (借) 本店より仕入 1,100,000 (貸) 本 店 1,100,000
8/20 支店の火災保険料60,000を本店が立替払い
本店 (借) 支 店 60,000 (貸) 当座預金 60,000
支店 (借) 保 険 料 60,000 (貸) 本 店 60,000
12/ 5 支店が本店の売掛金200,000を現金で回収
本店 (借) 支 店 200,000 (貸) 売 掛 金 200,000
支店 (借) 現 金 200,000 (貸) 本 店 200,000
3/31 未達整理
支店 (借) 仕 入 165,000 (貸) 本 店 165,000
本店 (借) 支 店 80,000 (貸) 売 掛 金 80,000
支店が2つ以上になったら
4期目に大津へも支店を出す構想がある。湖東支店が大津支店へ商品300,000円を送ったとき、 書き方は2通りある。
支店分散計算制度(支店どうしが直接、相手の勘定を持つ)
湖東支店 (借) 大津支店 300,000 (貸) 仕 入 300,000
大津支店 (借) 仕 入 300,000 (貸) 湖東支店 300,000
本 店 仕訳なし
本店集中計算制度(いったん本店を通したものとみなす)
湖東支店 (借) 本 店 300,000 (貸) 仕 入 300,000
大津支店 (借) 仕 入 300,000 (貸) 本 店 300,000
本 店 (借) 大津支店 300,000 (貸) 湖東支店 300,000
対抗案1:支店に帳簿を持たせず、大垣で全部まとめて記帳する
伝票を彦根から送ってもらい、大垣で1冊の帳簿に入れる。二重の手間がなく、未達整理も要らない。 壊れるのは、判断の材料が消えることだ。 湖東支店の3期目は、外部売上6,200,000円、販売費及び一般管理費1,900,000円、 そこから出た当期純利益が665,000円だった。 大垣と混ぜて記帳すれば、この3つの数字はどれも出てこない。 売上24,200,000円と販管費6,200,000円という会社全体の数字があるだけになる。
彦根に人を2人置き、倉庫を借りて年1,900,000円使っている。 それが665,000円の利益を生んでいるのか、実は赤字なのかが分からないまま、 社長は来期も同じ体制を続けるかどうかを決めることになる。 さらに実務では、彦根の売掛金1,050,000円の回収管理を大垣でやることになり、 「先週いくら入金があったか」を彦根の担当者が把握していない状態が生まれる。 帳簿は記録のためだけにあるのではなく、その場で判断する人の手元に無いと働かない。
対抗案2:本店勘定・支店勘定を使わず、相手の科目を直接動かす
800,000円を送ったとき、支店の帳簿に(借)現金800,000/(貸)当座預金800,000 と書く。 一見きれいだが、大垣の当座預金が彦根の帳簿にも登場することになる。 すると同じ当座預金勘定が2冊にまたがり、 大垣の帳簿でも 当座預金800,000 が貸方に立つので、 会社全体では当座預金が1,600,000円減ったことになる。実際に減ったのは800,000円だけだ。
もっと困るのは、支店の帳簿だけでは貸借が合わなくなることで、 支店の試算表を作っても検算として機能しない。 本店勘定と支店勘定は、余計な勘定を増やしているのではなく、 帳簿を2冊に切ったときにできる切り口を塞ぐための蓋にあたる。 蓋があるからこそ、支店の帳簿は支店だけで貸借が合い、 支店単独の試算表・損益計算書が作れる。
Q. 支店勘定と本店勘定は、なぜ必ず同じ金額になるのか。片方だけ増えることはないのか。 A. 1つの取引を2冊の帳簿にまたがって書いているからで、 片方の借方に立ったものは、必ずもう片方の貸方に立つ。 借方と貸方が同時に生まれるのは3級の複式簿記そのもので、 本支店ではその2つが別々の帳簿に分かれて置かれているだけだ。 一致しない場合の原因は、金額の間違いか、まだ書いていないか(未達)の2つしかない。
Q. 本店勘定は負債なのか、純資産なのか。 A. 外部に対する債務ではないので、負債とも純資産とも言い切れない。 支店の帳簿の中でだけ意味を持つ勘定で、性格としては 支店にとっての元手(資本金に相当するもの) に近い。 実際、期末に支店の当期純利益を振り替える先は本店勘定で、 これは本店側で利益を繰越利益剰余金へ振り替えるのと同じ動きになる。 外に出す貸借対照表には現れないので、負債か純資産かを決める必要も生じない。
Q. 未達取引の整理は、翌期になれば自然に解消するのに、なぜ期末にわざわざ書くのか。 A. 4月2日に商品が届けば支店は普通に記帳するので、翌期には確かに揃う。 それでも3月31日時点で書くのは、3月31日の財政状態と3期目の成績を出すためだ。 165,000円の商品は3月31日の時点でみずほ食品の資産であり、 80,000円の売掛金は3月31日の時点ですでに現金に変わっている。 書かなければ、期末の商品と売掛金が実態とずれた決算書になる。 決算整理が「事実に帳簿を合わせる作業」だという点は、3級の決算整理と変わらない。
flowchart TD
A[支店を出した] --> B[支店に帳簿を持たせる]
B --> C[拠点ごとの成績を測る]
B --> D[その場で判断できる]
B --> E{帳簿をまたぐ取引の相手科目が無い}
E --> F[本店勘定・支店勘定を置く<br/>同額・貸借逆]
F --> G{期末に一致するか}
G -- しない --> H[未達取引の整理<br/>知らない側に書き足す]
G -- する --> I[本支店合併財務諸表へ<br/>boki2-ch11-s02]
H --> I
H -.同じ発想.-> J[銀行勘定調整表<br/>boki2-ch03-s01]
F -.支店が複数なら.-> K[本店集中計算制度]
I --> L[連結会計へ<br/>boki2-ch12-s01]
3月31日の夜、七海の机には帳簿が2冊分載っていた。 大垣の損益計算書と貸借対照表、彦根の損益計算書と貸借対照表。合わせて4枚。 ところが翌週、大垣中央銀行に持っていくのは1枚ずつでいい、と税理士は言う。 支店の分は別に出さなくてよいのか、と聞くと「支店は会社ではないので」と返ってきた。
【必然】 法人格はみずほ食品株式会社の1つしかない。
湖東支店は、その会社が彦根に置いた場所であって、契約の当事者にも納税義務者にもならない。
銀行が知りたいのは「みずほ食品という会社が1年でいくら儲け、いま何を持っているか」であり、
大垣と彦根の内訳ではない。
だから外に出すときは、2冊の帳簿を1つに合体させる。これが本支店合併財務諸表になる。
合体は単純な足し算にはならない。理由は2つある。
1つは、支店勘定と本店勘定が自分から自分への貸し借りだという点だ。 本店の帳簿には支店1,905,000円という資産があり、 支店の帳簿には本店1,905,000円という負債めいたものがある。 そのまま足せば、会社は自分に1,905,000円貸していて、同時に自分から1,905,000円借りていることになる。 現実には誰にも貸していないし、誰からも借りていない。 足せば総資産と総負債が1,905,000円ずつ水増しされるだけだ。
もう1つは、本店が支店へ送った商品1,265,000円が会社の外へ1円も出ていないという点だ。 本店の帳簿では「支店へ売上」という収益になり、支店の帳簿では「本店より仕入」という費用になっている。 大垣の倉庫から彦根の倉庫へ運んだだけで、麺は会社の中に留まっている。 これを売上高に含めれば、外部に売った24,200,000円が25,465,000円に化ける。
【要請】 財務諸表が答えるべき問いは「この会社が外の世界とどれだけ取引したか」で、
社内での付け替えはその答えに入らない。
だから本支店勘定も、内部売上と内部仕入も、合併する過程ですべて相殺して消す。
覚え方の取っ掛かりは「外に出た分だけが数字になる」。
そしてもう1つ、消し残りが出る。
本店は原価1,150,000円の商品に115,000円を乗せて、1,265,000円で支店へ送った。 そのうち期末に彦根の倉庫と輸送中に残っているのが、振替価格で550,000円分。 この550,000円の中には、本店が乗せた50,000円が含まれている。 外部にはまだ1ケースも売れていないのに、この50,000円が本店の利益として立っている。 会社の中で棚から棚へ移しただけで生まれた利益なので、 合併するときには商品の金額から抜かなければならない。これが内部利益の控除になる。
ここでやったことを言葉にすると、「1つの単位として見せるために、単位の内側の取引を消す」になる。 本支店では、その単位が1つの会社だった。 第12章の連結会計では、この単位が親会社と子会社のグループに広がる。
みずほ食品は彦根の湖北麺業を子会社にしている。 湖北麺業は別の法人で、自分の決算書を作り、自分で税金を納める。 それでも、みずほ食品が議決権の60%を持って支配している以上、 外から見れば2社は一体で動く。だから連結財務諸表を作るときには、 親子間の債権債務を相殺し、親子間の売上と仕入を相殺し、 期末在庫に残っている未実現利益を控除する。
並べてみると、消す相手が1段ずつ外側に広がっているだけだ。
| 本支店 | 連結 | |
|---|---|---|
| まとめる単位 | 1つの会社(本店+支店) | グループ(親会社+子会社) |
| 債権債務の相殺 | 支店勘定 ⇔ 本店勘定 | 売掛金 ⇔ 買掛金 など |
| 売上の相殺 | 支店へ売上 ⇔ 本店より仕入 | 親の売上 ⇔ 子の仕入 |
| 在庫の利益 | 内部利益の控除 | 未実現利益の消去 |
| 相手の取り分 | 無い(同じ会社) | 非支配株主持分が出る |
違うのは最後の1行だけで、子会社には他人の株主がいるぶん処理が1段増える。 仕訳を帳簿に書かず、精算表の上だけで消すという点も両者で共通している。
で、幹の話に戻ると、本支店の合併は連結の縮小版で、 ここで「なぜ消すのか」を腹に落としておくと、成果連結は当てはめで読めるようになる。
与信の現場でいちばん警戒するのが、この「内部で回した利益」になる。 親会社が期末近くに子会社へ在庫を押し込むと、親会社の単体決算では売上と利益が立つ。 子会社の倉庫は膨らむが、グループの外には1円も売れていない。 翌期にその在庫が売れなければ、押し込みを続けるしかなくなり、雪だるまになる。
決算書からこれを読むときに見る場所は3つある。
1つは関係会社売上高・関係会社仕入高で、注記や明細に出ている。 売上全体が伸びていても、伸びた分がほぼ関係会社向けなら、外部の需要は増えていない。 2つ目は棚卸資産の回転期間。売上に対して在庫だけが伸びている期は、 どこかに売れていない物が積まれている。 3つ目は単体と連結の利益差。単体で黒字なのに連結では利益が細る会社は、 グループ内で立てた利益が連結で消えている可能性がある。
リースの与信でも同じ構図が出る。設備を導入する会社の売上先が グループ会社に偏っている場合、その売上は親会社の方針ひとつで消える。 外部の顧客がどれだけいるかを見に行くのは、そのためだ。
で、幹の話に戻ると、内部利益の控除は試験のための計算ではなく、 「グループの中で回しただけの利益を数えない」という、決算書を読む側の防御と同じものになる。
本支店合併財務諸表の「合併」は、会社どうしが1つになる企業結合の合併ではない。
帳簿を合体させるという意味の合併で、英語では combined financial statements にあたる。
みずほ食品はどこの会社とも合併していないのに、書類の名前に合併と付く。
ここで引っかかる人は多い。※覚え方として、「合わせて併せる」=2冊を1枚に重ねる作業だと読むと素直になる。
「未実現利益」の実現も、日常語とはずれている。 会計でいう実現は、外部の第三者に引き渡して対価を受け取れる状態になったことを指す。 だから支店の倉庫にある商品に乗った利益は、儲けとしては存在していても未実現になる。 反対に、外部の得意先に売れた瞬間、代金が掛けで未回収でも実現になる。 「現金をもらったかどうか」ではなく「外に出たかどうか」で線が引かれている。
「繰延内部利益」の繰延も同じで、消してしまうのではなく、 実現する期まで繰り延べるという意味になる。 今期消した50,000円は、翌期に外部へ売れた時点で翌期の利益として戻ってくる。
で、幹の話に戻ると、言葉が誤解を招くだけで中身は素直で、 内部利益の控除は利益を捨てる処理ではなく、利益を計上する期を後ろにずらす処理だ。
3期目の個別の損益計算書を並べる(未達整理は済ませてある)。
| 本店(大垣) | 支店(彦根) | |
|---|---|---|
| 外部への売上高 | 18,000,000 | 6,200,000 |
| 支店へ売上(内部) | 1,265,000 | ― |
| 期首商品棚卸高 | 420,000 | 0 |
| 当期商品仕入高(外部) | 13,600,000 | 3,100,000 |
| 本店より仕入(内部) | ― | 1,265,000 |
| 期末商品棚卸高 | 500,000 | 730,000 |
| 売上原価 | 13,520,000 | 3,635,000 |
| 売上総利益 | 5,745,000 | 2,565,000 |
| 販売費及び一般管理費 | 4,300,000 | 1,900,000 |
| 当期純利益 | 1,445,000 | 665,000 |
支店の期末商品730,000円の内訳は、外部から仕入れた分が180,000円、 本店から来た分が振替価格で550,000円(うち165,000円は3/28発送の未達品)。 本店から来た550,000円に含まれる内部利益は 550,000 × 0.1 ÷ 1.1 = 50,000円。
合併するとこうなる。
| 単純合算 | 消す金額 | 合併損益計算書 | |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 25,465,000 | −1,265,000(内部売上) | 24,200,000 |
| 期首商品棚卸高 | 420,000 | 420,000 | |
| 当期商品仕入高 | 17,965,000 | −1,265,000(内部仕入) | 16,700,000 |
| 期末商品棚卸高 | 1,230,000 | −50,000(内部利益) | 1,180,000 |
| 売上原価 | 17,155,000 | 15,940,000 | |
| 売上総利益 | 8,310,000 | 8,260,000 | |
| 販売費及び一般管理費 | 6,200,000 | 6,200,000 | |
| 当期純利益 | 2,110,000 | 2,060,000 |
本店1,445,000 + 支店665,000 = 2,110,000。 合併後は2,060,000。差の50,000円がちょうど内部利益になる。 売上と仕入の相殺(各1,265,000円)は利益に影響しない。同じ金額を収益と費用から同時に抜くからだ。 利益を動かすのは、期末商品に残った50,000円だけになる。
貸借対照表も同じ形で合体する。
| 本店 | 支店 | 消す金額 | 合併貸借対照表 | |
|---|---|---|---|---|
| 現金預金 | 3,200,000 | 1,285,000 | 4,485,000 | |
| 売掛金 | 2,400,000 | 1,050,000 | 3,450,000 | |
| 商品 | 500,000 | 730,000 | −50,000 | 1,180,000 |
| 支店 | 1,905,000 | ― | −1,905,000 | ― |
| 備品(純額) | 900,000 | 400,000 | 1,300,000 | |
| 資産合計 | 8,905,000 | 3,465,000 | 10,415,000 | |
| 買掛金 | 1,600,000 | 895,000 | 2,495,000 | |
| 借入金 | 1,500,000 | ― | 1,500,000 | |
| 本店 | ― | 1,905,000 | −1,905,000 | ― |
| 資本金 | 3,000,000 | ― | 3,000,000 | |
| 繰越利益剰余金 | 2,805,000 | 665,000 | −50,000 | 3,420,000 |
| 負債・純資産合計 | 8,905,000 | 3,465,000 | 10,415,000 |
支店の当期純利益665,000円は、決算で本店勘定へ振り替えられ、 本店側では繰越利益剰余金に取り込まれる。 合併後の繰越利益剰余金3,420,000円は、期首1,360,000 + 合併当期純利益2,060,000 と一致する。
七海が合併損益計算書を作った順に並べる。
一般化すると、内部利益の金額は 期末商品に含まれる内部振替分 × 利益率 ÷(1 + 利益率)。 「原価の10%増で送る」なら 0.1 ÷ 1.1、「原価の25%増」なら 0.25 ÷ 1.25 になる。 問題文が「振替価格は原価の10%増し」ではなく「振替価格に対する利益率は10%」と言っている場合は、 そのまま 550,000 × 10% = 55,000円になる。どちらを分母にした割合かを読み分けるところが、 この論点で最も点差が付く。
合併財務諸表を作る仕訳は、本店や支店の帳簿には書かない。 帳簿はそのままにして、精算表の上だけで消す。それでも形は仕訳で表せる。
① 内部売上と内部仕入の相殺
(借) 支店へ売上 1,265,000 (貸) 本店より仕入 1,265,000
② 本店勘定と支店勘定の相殺
(借) 本 店 1,905,000 (貸) 支 店 1,905,000
③ 期末商品に含まれる内部利益の控除
(借) 繰延内部利益控除 50,000 (貸) 繰延内部利益 50,000
④ 翌期首の戻入れ
(借) 繰延内部利益 50,000 (貸) 繰延内部利益戻入 50,000
対抗案1:内部取引を相殺せず、本店と支店の数字をそのまま足す
計算はいちばん簡単で、間違えようもない。壊れるのは、決算書が答えている問いのほうだ。
| 単純合算 | 相殺後(正しい合併) | |
|---|---|---|
| 売上高 | 25,465,000 | 24,200,000 |
| 総資産 | 12,370,000 | 10,415,000 |
| 負債合計 | 5,900,000 | 3,995,000 |
| 純資産 | 6,470,000 | 6,420,000 |
| 自己資本比率 | 52.3% | 61.6% |
売上高が1,265,000円、率にして5.2%水増しされる。 彦根の倉庫へ運んだだけの麺が、外部への販売として数えられているからだ。 総資産は1,955,000円、率にして18.8%膨らむ。 そして自己資本比率は52.3%と61.6%で、9ポイント以上ずれる。 本店勘定1,905,000円が負債の側に居座るせいで、借金をしていない会社が、 借金を抱えた会社として銀行に読まれることになる。 自分に貸し、自分から借りたという記録は、外の人には何の意味も持たない。
対抗案2:本支店勘定と内部売上だけ相殺し、内部利益は控除しない
ここまでやれば売上高も総資産も正しく出る。あと50,000円の話だけだ、と言いたくなる。 だが、この50,000円を残すと利益を作れてしまう。
3月31日、当期純利益をあと100,000円積みたいとする。 本店の倉庫にある原価1,000,000円の在庫を、期末に全部彦根へ送る。 振替価格は1,100,000円なので、本店の帳簿には100,000円の利益が立つ。 商品は彦根の倉庫にあるだけで、外部には1ケースも売れていない。 それでも合併損益計算書の当期純利益は100,000円増える。 運送屋を1往復させるだけで利益が作れることになり、しかも何度でも繰り返せる。 翌期にはさらに大きく送らないと同じ利益が出ないので、雪だるまになる。 内部利益の控除は、この抜け道を塞ぐためにある。 「外部に売れて初めて利益」という線を引いておけば、社内の移動では1円も動かない。
Q. そもそも、なぜ本店は原価のまま送らず、10%を乗せて送るのか。乗せなければ内部利益は生じない。 A. 乗せない会社もあり、その場合はこの論点自体が出てこない。 乗せる理由は前の節の目的と繋がっていて、本店にも取り分を残さないと、支店の成績が甘く出るからだ。 大垣の工場で製造し、西美濃製粉から仕入れ、品質検査をしているのは本店で、 彦根はそれを受け取って売っているだけになる。 原価のまま渡せば、本店の働きの分まで支店の利益に乗ってしまう。 社内の振替価格は、拠点ごとの貢献を分けるために置かれている。 分けたせいで会社全体の数字が歪むぶんを、合併の段階で戻しているという順序になる。
Q. 未実現の利益を消すなら、支店が外部に売った分の利益も消すのか。 A. 消さない。控除するのは期末に社内に残っている商品に含まれる分だけだ。 本店が送った1,265,000円のうち、支店がすでに外部へ売った分に乗っていた利益は、 外部との取引によって実現している。 だから期末商品の内訳を調べ、本店から来た分が振替価格でいくら残っているかを特定する作業が要る。 在庫の内訳が分からなければ内部利益は計算できない、という点が、実務でいちばん手間になる。
Q. 合併財務諸表と、次の章の連結財務諸表は何が違うのか。 A. まとめる単位が違う。合併は1つの会社の中(本店+支店)、連結は別法人どうし(親会社+子会社)。 別法人が相手なので、連結には本支店に無いものが2つ増える。 1つは、子会社に他人の株主がいることから生じる非支配株主持分。 もう1つは、株を買った金額と子会社の純資産の差であるのれんで、 これは資本連結で扱う。 逆に言えば、内部取引を相殺して未実現の利益を消すという部分は、 成果連結でそのまま同じことをする。この節で覚えた形が次の章で効く。
flowchart TD A[本店の個別財務諸表] --> C[単純合算] B[支店の個別財務諸表] --> C C --> D[内部売上と内部仕入を相殺] C --> E[支店勘定と本店勘定を相殺] C --> F[期末商品から内部利益を控除] D --> G[本支店合併財務諸表] E --> G F --> G F --> H[翌期首に繰延内部利益を戻入] G --> I[外部へ報告<br/>boki2-ch01-s02] D -.同じ発想が別法人へ.-> J[成果連結<br/>boki2-ch12-s03] F -.未実現利益の消去.-> J G -.単位がグループに広がる.-> K[連結財務諸表<br/>boki2-ch12-s04]
正解: 3
正解: 2
正解: 1
正解: 4